文具で楽しいひととき
プラチナ万年筆
#3776 精進
ちょうど1年前、プラチナ万年筆の#3776 本栖 スケルトンモデルをこのコラムでご紹介した。1年間インクを入れたまま放置していても、インクがドライアップしないという「スリップシール機構」を搭載したものだ。
限定2,011本で国内そして海外で発売され、瞬く間に完売となった。それに気を良くした(?)同社が、一年後の2012年に新たな限定モデルを出すことになった。2012年7月1日の正式発売を前に特別にご紹介させていただく機会を得た。
今回の決定品は「精進」という。「しょうじん」とは読まず、「しょうじ」という。#3776(富士山の標高)、本栖(本栖湖)という流れできているので、おわかりのとおり、富士五湖のひとつ「精進湖(しょうじこ)」からとっている。「精進湖」は富士五湖の中でも、富士山が最も美しく見えるロケーションであると言われている。今回のボディカラーは透明感あふれるブルー。
ブルーというよりかは「水色」といったほうが近いかもしれない。透き通るような透明感があって、それでいて青みもしっかりと効いている。
■ 精進湖の水面に朝日が反射してるところモチーフに
ちなみに、この透明感のある青みを出すのは結構大変だったという。通常、こうした色のついたスケルトンを作るにはチップ状のASナチュラルペレット素材に熱を加えて着色し、その後再び熱を加えて成型していく。つまり2回熱を加えるのが一般的。
熱を何度も加えると透明なASナチュラルペレット素材はだんだんと黄色みがかってしまう。だからかもしれないが、透明素材に着色されたものはやや濃いものが多いようにも感じる。今回着色時には熱を加えず、透明のペレットチップの表面に色をまとわりつかせ、それを成形してる。ブルーの色みを決めるにあたっては、実際精進湖に足を運んだという徹底ぶり。
■ インナーキャップに富士五湖
そして、ボディの内側にも注目すべきところがある。それはインクをドライアップさせない立て役者、インナーキャップの「スリップシール機構」部分だ。ここにグルリと何やらマークが付いている。
よくよく見てみると「#3776」、「MOTOSU」、 「SHOJI」、「SAI」、「 KAWAGUCHI 」、「 YAMANAKA」という順番で並んでいる。富士山の周りを富士五湖が取り囲んでいるというイメージだ。なお、それぞれの文字の右隣にあるのは、湖を上から見たときの形。特別にインナーキャップ単体でも見せていただいた。
今回は「精進」モデルなので「SHOJI」のマークだけ反転している。ということは、おそらく今後出されていく限定もマークが反転されていくのだろう。そもそも、なぜわざわざ内側にこうしたマークを付けたのか。ふつうなら外側のボディにつけるところだ。
それはインナーキャップが回転するところを見せたかったからに他ならない。インクを一年間入れっぱなしに放置しておいても、インクがドライアップしないのは、キャップを閉めてクルクルと回転させる時、その締めくくりとしてペン先の根元とインナーキャップが接した後、さらに押し込んで気密性を高めている。
■ インナーキャップも回転
そのためインナーキャップの先端にはバネが仕込まれている。
ちょうど漬物石で押さえつけるようなイメージだ。しかも、この時、あえてインナーキャップを回転させている。ペン先の根元がインナーキャップの口に接するとこの2つがピタリと息を合わせるように
一緒に回転していく。このインナーキャップの回転にはとっても深いこだわりがある。
もし、インナーキャップを回転させずに、ペン先の根元がだけをクルクルと回転させていたら、その接合部がだんだんと擦り減って最終的にはそこに隙間ができてしまいかねない。その摩擦を防ぐために、インナーキャップとペン先の根元が接してからは回転するようにしているのだ。文章で説明すると、これだけ長い話になってしまうほど、このインナーキャップの回転にはこだわりが隠されている。
ちなみにこれをプラチナ万年筆では「スリップシール機構」と呼んでいる。プラチナ万年筆では、そのこだわりをこれまでいろんな人に説明してきた。インナーキャップが回転しているといっても、当初の透明軸の「MOTOSU」のインナーキャップにはなんの印もなかったので、回転していく様子がいまいちわかりづらかった。そのため説明用にインナーキャップに赤いマークを付けているものを用意していたほどだ。
今回はそれを富士山そして富士五湖でちゃんと表現したという訳なのだ。
実際にキャップを閉めてみるとインナーキャップがクルクルと1/4ほど回転しているのがわかる。今まではこの最後の締め上げの時にバネの負荷を感じるにとどまっていたが、これなら感触とともに視覚的にも「スリップシール機構」を実感できる。
ここまでお読みいただいて、なんだよくある限定品のようにボディカラーを違う色にし、今回はインナーキャップにマークを付けただけかと思われるかもしれない。しかし、違うのである。
■ 顔料インクが楽しめる
それ以外にエポックメインキングなことがもうひとつある。それは顔料インクが使えるようになったということだ。そもそもインクには染料系のものと顔料系のものがある。万年筆インクは染料系のものがほとんど。
染料と顔料では何が違うかというと、顕微鏡レベルで見ると一つひとつの粒の大きさが全然違う。プラチナの方によると染料の方がずっと小さく、染料の粒の100倍くらいの大きさが顔料だという。染料は粒が小さいので、たとえば紙の繊維の中にまで入り込みやすいという性質がある。そして、水に溶けやすいということもある。一方、顔料系は中に含まれる水分は紙の中にしみ込んでいくが、一つひとつの粒は紙の表面にとどまる。
そのためにじみがあまりなく、発色つまり色が鮮やかに出る特徴がある。また、一度乾くと耐水、耐光性にも優れている。乾いてしまうと水に溶けないので万年筆インクとして使うと、ペンの中でインク詰まりを起こしやすいということがあり、これまで顔料インクは万年筆ではあまり使われてこなかった。
ただ顔料インクを使いたいという万年筆愛好家のために、プラチナ万年筆では「カーボンブラック」、「ピグメントブルー」といった顔料系の万年筆インクを販売してきている。インクを入れっぱなしにして放置すると、中でインクが固まってしまって水でクリーニングしても落ちないという取り扱いに注意を要するところがあったので、店頭ではあくまでも対面販売されるにとどまっていた。
ちなみに万が一、中で固まってしまった時のためにプラチナ万年筆では「インククリーナーキット」というものも用意している。これを使えば、万が一万年筆の中で顔料インクが固まってもキレイに溶かすことはできるようになっている。
いずれにしても、ちょっと注意が必要なインクではあった。そのため顔料インクは、どうしてもマニアの人が使うというイメージが強かった。その顔料インクを「精進」をはじめとする「スリップシール機構」を持つリニューアルされた#3776で普通に使うことができるようになったのだ。
それは、一年間インクを入れっぱなしにしてもインクがドライアップしないという特長を持っているからである。そのインクをドライアップさせないというのはこれまでの染料インクだけでなく、顔料インクでも同じことなのだ。
それに伴い、これまでボトルインク中心だった顔料インクにカートリッジ式の「カーボンブラック」そして「ピグメントブルー」が登場することになった。以前は顔料インクを使おうとすると、インクが中で固まりやしないかとヒヤヒヤしていたが、「スリップシール機構」により従来の染料インクとほぼ同じ使い勝手で楽しむことができるようになる。
つまり、万年筆用の顔料インクに市民権が得られたという訳だ。
さらにプラチナ万年筆の方によると、#3776だけでなく、「スリップシール機構」を持つ1,050円の「プレジール」、さらには210円の「プレピー」でも顔料インクを使うことができるようになったという。まさにこれは市民権と言いたくなる事態だ。
■ 顔料インク カートリッジが付属
今回の限定品では、顔料インクの「カーボンブラック」と「ピグメントブルー」のカートリッジ各一本、そしてコンバータがセットされる。
ここで注目したいのはコンバーターの金属部分がシルバークロームメッキされているところだ。これまでプラチナのコンバーターは金色パーツだったので、シルバー系になったことで「精進」にもとっても馴染むようになっている。
では、その顔料カートリッジインクをセットして実際に書いてみたいと思う。今回お借りしたのは中字。
顔料カートリッジとは言え、これまでの染料のものと同じ形状。私は万年筆で書く時はブルーインク派なので、「ピグメントブルー」の方を入れてみた。プラチナのブルーインクというと、ブルーブラック系の濃い色合いのものだったが、この顔料の「ピグメントブルー」は明るめのブルー。
ペリカンのロイヤルブルーを一段階ほど落ち着いた色にしたといった感じだろうか。
ボトルインクに入っている「ピグメントブルー」の色味はかなり濃い印象があったが、実際に紙の上に書いてみると、思っていたよりやや薄く、万年筆インクならではのインクの濃淡も味わえる。顔料は濃くハッキリとしたというイメージがあったが、これはカーボンブラックの時だけなのだろうか。書いてる印象としては、染料も顔料もさして違いは感じない。
プラチナの方にお聞きしたところでも、染料だから、顔料だからと書き味が違うということはないという。「カーボンブラック」は濃い筆跡が味わえるので、染料インクの時よりもインクがタップリと出ているような感じがあるため、インクフローがよい印象になるのでは、とのことだった。
書き心地がそれほど変わらないのであれば、では、染料と顔料インクをどのように使い分ければいいのだろうか。私が使うとしたらこんな感じになると思う。封筒やハガキに書く時だ。ハガキに染料系のインクで書くと、万が一配達途中に雨が降ると筆跡が流れてしまうということがある。
■ 筆跡が濡れてもOK
そんな時に顔料インクは水に流れないので助かる。試しに乾いた筆跡の上に盛大に水をかけてみた。その上を指でゴシゴシとこすってもたしかに筆跡に全く変化はなかった。
これは頼もしい。これまで私は封筒の宛名書きは顔料インクの青ボールペンを使っていた。それを万年筆で書けるようになる。ボールペンで書いた文字と万年筆で書いたものとでは筆跡の味わいというものが全然違う。宛名書きは手紙の顔とも言える部分。ここに万年筆で書けるのはうれしい。
それから耐光性ということで言えば、日記など長く残すものにもよさそうだ。まぁそうは言っても、もはや染料だの顔料だのと気にすることなく、万年筆インクというひとくくりで自分の好みを選ぶということで言いのかもしれない。それを可能にしたのが「スリップシール機構」なのだ。
■ 記事作成後記
#3776センチュリーになって、スリップシール機構を取り入れ、グリップの握り心地が以前とはちょっと変わっています。それは、グリップのネジ切りの最後の部分に段差が生まれたからです。これは、インナーキャップを締め上げる時にどうしても必要なものだそうです。
この段差により握った時の印象があまりゴツゴツとしないよう、実は、その段差は2段構えになっているのです。今回ブルースケルトンになったことでエッジの部分がハッキリしてそれがよくわかります。本栖、#3776センチュリー、そして今回の精進でも同じ作りだそうです。
□インクの交換について
「スリップシール機構」では顔料インクはもちろん、染料も普通に使うことができます。せっかく顔料のカートリッジが付いているのではじめは顔料で使う方が多いと思います。顔料インクを入れたあとでやっぱり染料インクに替えたいということもあるかもしれません。この時ひとつ注意すべきことがあるそうです。
染料のブルーブラック(プラチナ万年筆のブルーのことです)に替える時だけは、インククリーナーキットでキレイに洗浄してあげる必要があるそうです。プラチナのブルー(ブルーブラック)は、筆跡が乾いた後に色が濃くなるタイプで、成分的に強酸性だそうです。
そのため、この時だけは注意が必要とのことです。それ以外の染料ブラックなどへの色替えの時はいつもの水洗いだけでOKとのこと。万年筆の中で顔料インクが固まりさせしなければ染料インクの時と同じメインテナンスでいいそうです。
コンバーターに顔料インクを入れたところです。ピグメントブルーの方は、染料の時とはちょっと違う色合いになっていますね。
* プラチナ万年筆 #3776 精進
□ プラチナ万年筆 #3776 精進は、2012年7月1日から発売。限定数は、3,776本だそうです。
□ プラチナ万年筆 サイト
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