文具で楽しいひととき
満寿屋
MONOKAKI
私は、原稿を書くときには満寿屋の102という原稿用紙を使っている。
これがいいは、一般的な原稿用紙のハーフサイズで、B5とコンパクトであること、そして、ルビなしのゆったりとしたマス目であるというのも、私が気に入っている点。
■ 原稿を書くことだけに集中させてくれる
原稿用紙は、一般的に縦書きをするものだが、私は横書きをしている。ルビ罫がないことで、横書きがしやすいということもある。この102を使うようになって、もう3~4年くらいにはなると思う。
それまではノートやレポートパッドなどに書いていたが、ある時に原稿を書くには、それ専用の原稿用紙の方がいいのではと思い、102を使うようになった。これが大成功だった。
原稿用紙は机の上に置くと、机と一体化したようにフラットになり、気持ちよく書いていける。つまり、書くことだけに集中させてくれる。
そして、改めて言うまでもないが、満寿屋の紙は万年筆との相性がいい。万年筆が本来持っている魅力を存分に発揮させてくれる滑らかな書き味、そして、書いたそばからインクがすぐに乾いていく。こうして満寿屋の原稿用紙は私の仕事には欠かすことの出来ないものになった。
あまりに気に入ってしまったので、先日、私のロゴを付けたオリジナル原稿用紙を作ってしまったほどだ。。
その満寿屋の書き心地を原稿だけでなく、幅広い場面でも楽しめるものが発売された。それが満寿屋の MONOKAKI というノート。
発売当初私は、てっきり「KAKIMONO」かと思っていた。「MONOKAKI」はどちらかというと人をさし、一方で、「KAKIKMONO」は、モノをさすように思う。ノートはモノなので、「KAKIKMONO」なのではと、勝手に思いこんでいた。
しかしこのノートは、「MONOKAKI」。この理由を満寿屋五代目の川口昌洋さんにお聞きしてみた。まず、そもそもノートは、ものを書くものであるという点がある。それから、『原稿用紙の満寿屋』に繋がりがりの深い作家さんのことを、通称で『物書き』と言うので、それにかけて、ということもあるそうだ。
では、まずこの「MONOKAKI」の概要から。サイズは大きい方から B5、A5、 B6の3サイズ。あらかじめ A5サイズを用意してくれているのが個人的にはとても嬉しい。
ちなみに、一番売れているのは、 B5かと思いきやA5だという。160ページとノートにしては、結構タップリとある。この厚さをベースに考えると、A5という大きさが、形として一番しっくりとくるように個人的には感じる。
紙面は無地と罫線の2種類。そのそれぞれで、表紙のデザインも微妙に違っている。
■ 表紙には切り絵を
表紙には、大正ロマンを感じさせる切り絵が使われていて、いい顔をしている。創業128年の満寿屋にピッタリだ。
ちょうど2010年10月5日から17日まで恵比寿のギャラリープラーナでこの満寿屋のノートの表紙を手がけた切り絵作家、高木亮さんの個展が開催されていた。
そこに伺いし、高木さんそしてこのノートの企画者である満寿屋の川口昌洋さんにお話をお伺いしてきた。
【土橋】
今回、表紙に切り絵を使うことになったいきさつは?
【川口さん】
満寿屋がノートを作るのは、長い歴史の中でも初めてのことになります。かねてより私自身、作りたいと思っていまして、いろいろと構想を練ってきました。その顔となる表紙には、版画か切り絵のどちらかにしたいと当初から考えていたんです。
折しも、昨年発売したミニ原稿用紙では、当社に古くから残る木版を使い、版画で作りました。ここで版画を使ったものですから、ノートは切り絵にしようと思ったんです。
【土橋】
切り絵作家の高木さんとは、そもそもどういうきっかけだったんですか?
【川口さん】
切り絵にしようと決めたものの、私自身、切り絵の知識は全くなく、誰にお願いしたらよいか、さっぱりわかりませんでした。そこで、切り絵の本を読んだり、インターネットでもいろいろ情報を探してみたんです。
そんな中で、高木さんの切り絵をネットで見て、他の切り絵作家さんとは違うもの感じ、この人だ!と直感的に思い、直接連絡をとったんです。その時に見たのが、このカレンダーの表紙の切り絵でした。
【土橋】
では、高木さんにお伺いしたいと思います。
先程川口さんは、他の切り絵作家さんとは違うものを感じたとのことでしたが、高木さんの切り絵は、他の方とどんな点が違うのでしょう?
【高木さん】
私はもともとペンや絵の具で絵を描いていたのですが、特に「線」にこだわる傾向がありました。その「線」というものを突き詰めていくと、ナイフで線を切る方法が自分の絵を表現する手段として一番あっているのではと思い、切り絵に行き着いたんです。
実は、切り絵については独学なんです。
自分の好きな線を切っているうちに一本一本の線が細く、曲線が多い作風になっていきました。おそらく切り絵と言うと、線が太く力強い表現だと思っている方が多いのでしょう。切り絵っぽくないですねと言われることも度々あります。
【土橋】
川口さんからは、どんな表紙デザインにして欲しいという依頼があったのですか?
【高木さん】
ノートなので、それにまつわるペンなどの文具をモチーフにして欲しいと言われました。
特に万年筆については、この万年筆を使って欲しいと言われ、実物をお持ちになりました。
【土橋】
なるほど確かに、横罫と無地では、別々の万年筆が描かれていますね。川口さん、この万年筆はどこのものですか?
■ 表紙の万年筆にはモデルがあった
【川口さん】
実はこれなんです。(そう言って、かばんから2本の万年筆を取り出す)
1本は、モンブランの24です。これは罫線の表紙に描いてもらいました。
そして、もう1本がペリカンの400NNです。こちらは無地の表紙に。
いずれも私の祖母が愛用していたものなんです。
【土橋】
こうして並べてみますと、紛れもなく、それぞれの万年筆がしっかりと描かれていますね。
さて、切り絵というものを私はあまりよく知らないのですが、今回の製作工程は、どのようになっているのですか?
【高木さん】
まず、ラフを描きながら全体の絵柄をイメージし構成を考えます。ラフが決まると次に下絵を清書します。下絵には時間をかけ、完成形に近いところまで描き込みます。
今回は川口さんのオーダーを元にいくつかのパターンを描き、その中から決めていただきました。下絵が決まると、次の段階としていよいよ切る作業に入っていきます。
黒い紙の上に下絵を描いた紙を重ね合わせ、切って仕上げます。切り絵と言えば切る作業がメインだと思われるかもしれませんが、切るのはどちらかというと頭の中をからっぽにして取り組む作業という感じなんです。
【土橋】
カッターはどんなものをお使いですか?
【高木さん】
もう廃番になってしまったものなんですが、確かこれは、内田洋行のものだと思います。
アートナイフあるいはクラフトカッターと呼ばれるもので、刃先の角度30度のものを何度も取り替えながら使っています。軸の太さ、そして程よい重さがあり、私はこれでないとだめなんです。このカッターで一本一本の線を切っていき、切り絵は完成します。ノートの表紙にするためその切り絵をスキャンし今回の版下データは作りました。
【土橋】
表紙には和紙が使われているようですね。
【川口さん】
この表紙には、福井県の越前和紙を使っています。
和紙ならではの風合いがあり、同時に印刷適性の良いものを追求していき、この和紙に行き着きました。
【土橋】
このノートで他にどんな点にこだわりましたか?
■ ノートカバーを付けても紙面がフラットに
【川口さん】
「見返し」の部分です。見返しというのは、表紙を開いて、本文の紙に入る前にある紙のことです。私自身もそうなんですが、最近はノートにノートカバーを付けて使う方が増えています。
ただ、カバーをかけると、カバーの内側にはどうしても、革による段差が出来てしまいます。特に、使い始めのページの時には、書いていて紙面に大きな段差がついてしまいます。これは書いていて、結構気になるものです。
これを何とかしたいと思いまして、今回のノートには厚い見返しをつけることにしました。
機能的に言えば、下敷きのようなものですね。実は、こうした点に関してはフルハルターの森山さんからアドバイスを受けました。
それから、これは最終的に実現出来なかったことなのですが、背の部分を革で覆うということを当初計画していました。今回のノートは、表紙から背、裏表紙に至るまで一枚の厚い紙で覆っています。
つまり、黒い背の部分は、機能的には実は必要のないものなのです。ならば贅沢に、革を使ってみようと考えた訳です。これが、その時に作った試作品です。
背に革を貼るとなると、革自体を相当に薄くしないといけません。
その革を薄くする工程は手作業となるのですが、どうしても革の薄さを均一に保つのが難しいという問題がありました。さらに、その革をノートの背に貼るのも手作業。それゆえ、価格も高くならざるを得ません。
残念ながら、今回は見送ることにしました。今後、限定版などで再挑戦してみたいと思っています。
また、表紙と本文の紙を貼り合わせている糊もちょっとこだわってみました。一般的には、ホットメルトというものが使われるのですが、今回は「PUR」という糊を使いました。ホットメルトよりも強度があり、ノートの見開き性が向上されるんです。
*
では、最後にこのノートの使い心地インプレッションを。私が手に入れたのは A 5サイズの罫線と無地。サイズはA5と固く心に決めているが、紙面には特にこだわりがなく、いろいろと使っている。
■ 手にすると、和紙独特なざらつき感がやってくる
その表紙には、グレーをベースに無地タイプには、えんじ色がそして、罫線タイプには濃紺の和風マーブルのような柄が所々にある。この色は、見返しの色と同じになっている。
表紙をペラリとめくると、先ほどの分厚い見返しが続く。
余りに厚いので、表紙が2枚あるようだ。それは、まるで二重扉で中の大切な紙そして、書き込んだ情報を守ってくれるようで頼もしさを感じる。
中の紙は、満寿屋の原稿用紙に使われているクリーム紙。これがやや薄めの紙。特に、表紙の見返しの厚みのあとに来るので、パラパラとめくっていると、この薄さというものがより強調される。
左手で背を持ち、右手の親指を表紙にかけてパラパラとめくっていると、始めは、紙が厚いので、パリパリ、そのあとサラサラとめくれていく。
私は、ノートカバーは付けない派なので、このままき使っていきたいと思う。せっかくの切り絵も楽しめることだし。。
中の紙面に書いていこうとすると、一つ気がかりなことが出てきた。それはノートの見開き性。これまでの満寿屋の原稿用紙では常にフラットだった訳だが、これは綴じ部分がかもめが空を飛んでいるようにたわんでしまう。
一枚の厚い紙で表紙から背そして、裏表紙に至るまで続いているので、そのためだろうか。
しかし、これもはじめのうちだけ。しばらく使っていくうちに、当初は、固かった体が柔軟体操の末、しだいにやわらかくなっていくように、見開き性はどんどんと良くなっていく。
書き味は、原稿用紙と同じということで、あの滑らさがしっかりと味わえる。そうそう、満寿屋のこの紙は先ほども触れたとおり、インクの吸収性がよい。それは吸い取り紙いらず、ということだけではない。
■ 万年筆の筆跡がやや細めになる
もう一つのメリットがある。それは、太めのBあたりで書いても他の紙に比べて筆跡が細めになるということである。
【左が 満寿屋MONOKAKIでの筆跡】
きっと、インクのにじみが少ない紙質のせいだろう。この特性を活かして太めの万年筆をノートに使っていくということができる。太いペン先は、当然に滑らかに書け、満寿屋の紙の良さが堪能できる。
そして、細かな文字を書いていくという点でもこれはいい。ちなみに罫線は9ミリ幅と万年筆使いには嬉しいゆったりサイズとなっている。
普段のノート筆記を愛用の万年筆で書けば、滑らかな書き味に誘われて、アイデアもスルリと出てきそうな気がする。
満寿屋 MONOKAKI A5無地、A5罫線
□ 満寿屋さんのMONOKAKIノートは、アサヒヤ紙文具店さんで手に入ります。切り絵作家 高木亮さんのサイト
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