文具で楽しいひととき
螺鈿細工の補助軸
情報というものは、発信すればするほど自分のところに入ってくるものだ。今の仕事をはじめたての頃そんなことを聞いたことがあった。今回、そのことを実感した。
素敵な鉛筆補助軸の情報が入ってきたのだ。かねてより私は、pen-info.jpで鉛筆に関するコラムを書いてきた。鉛筆に対する偏愛とも言える思い入れを発信してきた。
それを読んでいただいた武富さんという方が、ここなら自分が作った補助軸のことを分かってもらえるかも、とメールでコンタクト取ってくれた。武富さんも鉛筆をこよなく愛し、既存の補助軸では満足できず、理想とするものを自分作っておられる方だった。私の鉛筆偏愛が私が住む横浜から武富さんが住む大阪に伝わり、素敵な補助軸が大阪から横浜にやってきた。
■ 螺鈿細工の補助軸
まずは、全体像をとくとご覧頂きたい。漆黒の中におとなしく螺鈿がきらめいている。手にすると、漆塗りならではの指先に吸い付く独特な感触がある。吸い付くと言ってもベタベタとは違う。
指先を優しく添えると、サラサラとしているが、少しばかり指を強く押さえると、指先が漆を受けとめてピタリと吸い付く。しっかりと握りたい時だけグリップがよくなる。お椀など日用品にも使われる漆の機能性は本当にすばらしい。
螺鈿細工の補助軸を手の中に迎え入れて筆記体勢に入ってみる。無数にきらめく星々の宇宙が手の中にあるようだ。
この美しい螺鈿細工は武富さんの手で一本一本作られている。武富さんにその制作工程をお伺いした。ベースになっている補助軸はクツワのアルミ製のもの。文具店では、よく見かけるごくふつうのタイプだ。これがあれになるのかと信じがたいほどの変身ぶりだ。
まず、下地処理として、アルミの表面に紙やすりで粗い傷をつけていく。こうすることでその上に塗っていく漆がはがれにくくなるのだという。
その漆の上から螺鈿(貝がら)を貼り付けていく。漆の乾燥を待って螺鈿を荒削りする。螺鈿と螺鈿の間の凹みに漆を塗り込む。乾いては螺鈿を薄く削って角をとり輝きをつけてゆくという「研ぎ出し」作業を大体7回くらい繰り返していくという。ようやく表面がフラットになり漆の深み、螺鈿の輝きが生まれていく。気の遠くなるような作業だ。
■ 少し長めのボディ
手にして気づくのが、アルミ補助軸よりもいくぶん長い印象があることだ。武富さんによると、一般の補助軸だと、手にしたときに少し短くバランスが悪いので、後側に2.5cmほどの木軸を継ぎ足しているという。つなぎ目は全くわからないくらいに仕上げられている。
それからもともとのアルミ軸と比べると軸が細い印象がある。実際に計ってみると、いずれも全く同じ1cmだった。黒い軸色なので細く見えるのか、もしくは、長くなったせいだろうか。いずれにしても、武富さんが言うようにバランスの面でこの長い方がとてもよい。
さらに気になるのが、グリップにあるギザギザ加工がなくなっている。これは、ひたすら削っているのだという。削るだけでなく先端側には緩やかなカーブまで付けてくれている。これは実にうれしい。
私は、あのギザギザ加工があまり好きではなかった。こうして削ったものを手にすると、軸の太さもグッと細くなって握りやすい。鉛筆、そして補助軸との段差もほとんど気にならないくらいだ。
補助軸というものは、鉛筆が短くなってから握りやすくするために使うものである。でもこれは、補助するものではない。鉛筆の握り心地を極上にしてくれるものだ。
■ 記事作成後記
漆黒のこの補助軸にはトンボ鉛筆のMONO100のブラック軸がよく似合います。
新品の鉛筆を差し込んでみると、10cmくらい中に吸い込まれていきます。
さすがに新品の鉛筆のままでは長すぎますが、5~6cmくらい使って短くなると使えるようになります。
漆の美しさというのは、少し暗い方が艶やかさがより味わえます。谷崎潤一郎の「陰影礼賛」で、そのような解説がされていました。
~引用~
「日本の漆器の美しさは、そう云うぼんやりした薄明かりの中に置いてこそ、始めてほんとうに発揮されるということであった。」
□ 武富さんの螺鈿細工の補助軸が注文できるサイト
□ 陰翳礼讃 谷崎潤一郎 著
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