文具で楽しいひととき
中屋万年筆
輪島漆塗り シガーモデル
漆を塗った万年筆を一度でも手にしたことのある方ならおわかりだと思うが、これがとても気持ちいい。見た目の美しさもさることながら、指に吸い付くようなしっとりとした感触は、いつまでもいつまでもなで回していたくなってしまう、そんな独特な魅力を持っている。いつかは一本持ってみたいとかねがね思っていた。
漆の万年筆というと、蒔絵が施されているものが多い。蒔絵の美しさは誰もが認めるところなのだが、個人的には、私にはまだちょっと早い気がしてならなかった。私としては、まずは、漆だけをたっぷりと堪能して、蒔絵を愉しむのはその後でも遅くはないのではないかと。
言わば、漆万年筆の2段活用。ちょっと違うか。。まぁ、いずれにしても、まずは、漆だけを愉しみたいと思っていた訳だ。そんな私の望みをかなえてくれる万年筆として、選んだのがこの中屋万年筆の輪島塗り。
中屋万年筆とは、プラチナ萬年筆の製造工場で40年以上にわたって万年筆を作り続けてこられた職人の方々による万年筆ショップ。「中屋」という名前は、プラチナ萬年筆創業時の屋号にちなんで名付けたという。
その中屋万年筆では、熟練の職人技を活かして使い手にあわせた万年筆を一本一本手作りで作っている。ネットで注文できるようになっており、軸やクリップを選び、肝心のペン先はカルテと呼ばれるものが用意されていて、そこに、筆圧、書くスピード、文字の大きさ、書体、ペンを握った時の傾け具合に至るまで細かく指定できるようになっている。
■ 輪島塗の万年筆
当初、私もネットで注文しようとしたのだが、どうしても実際に手にとってみたいと思って、中屋万年筆の取扱店である伊東屋横浜店に行って買うことにした。数ある商品ラインナップの中から、今回私は、輪島塗りのブラックタイプを選んでみた。
漆と一口に言っても朱色やみどりをはじめ黒をベースに要所要所が朱色になった黒溜めといったものまで、種々様々が用意されている。また、カラーだけでなくサイズ選びも悩ましかった。ピッコロというミニサイズからポータブルサイズ、最も長いロングサイズまである。さらには、クリップありとなしも選べるようになっている。
■ クリップなしボディ
クリップなんて、当然付いているに超したことはないに決まっている!と、思われる方も多いと思う。私も当初はそう思っていた。しかし、実際に見てると、俄然クリップなしの方が美しい。
クリップがないことでキャップと胴軸のつなぎ目以外、一切の段差がなく、漆の滑らかなボディラインがよりいっそう際だつ。せっかくなので、漆をたっぷりと愉しめるようロングボディにしてみた。
クリップなしタイプは「シガーモデル」と呼ばれている。シガーとは葉巻のことキャップをした状態で手にしてみると、確かに葉巻のようにも見えるが、見ようによっては刀にもみえたりする。
そう思わせているのは、きっと胴軸のつなぎ目がほぼ中央くらいにあるからだろう。キャップは別名で「さや」とも言うが、これはまさに刀のさやのようだ。クリップがなく、しかもつなぎ目がほぼ真ん中ときているので、これでは、どちらがペン先か、キャップを外すまでわからいのでは、と当初思っていたが、そんなことはなかった。
目を閉じた状態で手にしても、10回中10回とも、しっかりとあてることができた。べつに私に特別な能力が備わっていると言うわけではなく、尻軸とキャップの先端の形状が微妙に違っているからなのだ。キャップ側のほうが、わずかに丸みを帯びている。
【キャップ(ペン先)側】
【尻軸側】
全長およそ17cmもある大きなボディながら、エボナイト製ということで手にすると、拍子抜けするほどの軽量さ。握りしめると、ボディには邪魔するものは何もないので、手の中でいつまでもクルクルと愛でつづけてしまう。クリップなしを選んで良かったとつくづく感じてしまう幸せな瞬間だ。
こうした見た目や握り心地のよさなど、クリップなしの利点はあるものの、クリップがないデメリットも当然ある。それは、ポケットに収納しておけないということ。今回、私はロングサイズを選んだのが、そもそもこのペンは胸ポケットにいれることは想定しておらず、ペンケースに入れて大切に持ち歩こうとおもっていたので、この点は難なくクリア。
しかしながら、クリップにはこの挟むということ以外に、もうひとつ大切な役割がある。それは、ペンが机の上でコロコロと転がってしまわないようにするストッパーの役目。
■ 万年筆の枕
これについては、中屋万年筆のほうで粋な計らいがされていた。それは、「万年筆の枕」を使うというもの。ちょうど箸置きのようなものだが、これにペンを置いて固定してあげるのだ。
万年筆にあわせて、こちらもしっかりと漆が塗られている。ちなみに、これは別売り。基本は、このペン置きおくのがいいが、常にそうもいかない。たまには、机の上にそのまま置いてしまうことだってあり得る。
その時のために、予行練習をしておこうと思い、机の上の安全を確保して、どれくらいコロコロと転がっていくか試してみた。すると、意外にも、際限なく転がり続けることはなく、あるところで、まるで起きあがりこぼしのように回転が落ち着くところがあった。
どうしてだろうと、ボディをとってその部分を見ても特にボディの形状をそこだけ平らにしている訳でもなかった。気になって、その状態でキャップを外してみると、ペン先が裏側になっていた。どうやら、14金のペン先が重りの役割を果たしていたようだ。長めのキャップを、まさに刀のさやを抜くようにしてはずすと、大ぶりな14金のペン先が現れる。
余計な装飾はほとんどなく、富士山をかたどった模様と、地球の丸の中に創業者「NAKATA」の文字が刻まれているくらい。もともと金の板であったことが容易に想像できる平らなスタイルのシンプルな作りのペン先。
私は今回、この大きなボディに相応しく最も太い極太のペン先を選んでみた。軽量ボディを活かして、軽やかにペン先を紙の上で進めると、インクの流れも誠によろしく、インクをたっぷりたたえた極太の文字が生みだされていく。
■ ロングボディでおおらかに書ける
平らなペン先はそれほど筆圧をかけなくとも、自然にしなってくれ、漆のまろやかな握り心地とあいまって、優しさあふれる書き心地だった。思わず、口元から笑みがこぼれ出てしまう。さすが、カルテで事細かに指定しただけあって、私の好みを心得てくれている。
私は、万年筆で書くときは、いつもキャップを尻軸にはめ込んで書くのだが、今回のものは、キャップはさせないようになっている。厳密にいうと、させないことはないのだが、そうしてしまうと、超ロングボディになってしまう。
キャップをささなくとも、すでに14cmちょっともあるので、ボディの中程も持つ私のようなタイプでもバランスよく握ることができる。キャップがないことで、より軽量化され、ただたた書くことだけに集中させてくれる。
漆というものは、呼吸をしているそうで、その際、湿気を吸い込んでいるのだとか。だからだろう、手にすると、濡れていないのに、しっとりした吸い付くような感触がある。
また、漆は、使い込む程にその艶はより美しさをみせてくれるという。今回の万年筆をどんどん使い込んで、書き味もさらに私好みになっていき、同時に、漆のボディもいい艶になっているに違いない。使いがいのある万年筆だ。
* 中屋万年筆 輪島漆塗り シガーモデル ロングサイズ
中屋万年筆 オフィシャルサイト
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