2022.08.09(512)

「顔料インクデビュー」

パイロット

強色 ブルー

パイロット 強色 ブルーインク

顔料インクは使わずに人生を終える、とそう思っていた。これまで私は純正の染料ブルーインクを基本入れ続けてきた。つまり、染料インク人生を送ってきた訳である。顔料インクはどこか怖い存在と感じていて、ずっと手を出してこなかった。それがついこの前変わった。顔料インクを使い始めたのだ。この原稿もそれで書いている。

あまり長くなりすぎないようにそこらへんの心境の変化を書いておこうと思う。数年前から文芸雑誌の「MONKEY」を定期購読している。この雑誌は翻訳家の柴田元幸さんの責任編集によるものだ。個性的な読み物が掲載されていて楽しみに読んでいる。毎号その冒頭には柴田さんのご挨拶文が手書きで2ページにわたって掲載されている。それが万年筆で書かれているのだ。ブルーインクで書かれていて明らかに万年筆の筆跡なのだ。昨年末に定期購読者限定のオンラインイベントがあった。そのイベントで質問コーナーがあり、私はかねてから聞いてみたかったことを尋ねてみた。ご挨拶文はどの万年筆で書いておられるかである。私の質問は一番始めに取り上げられた。モニター越しの柴田さんは、この万年筆です、と手にしながら説明してくださった。セーラー万年筆のプロフィット21。私はてっきりペリカンのスーベレーンあたりではないかと勝手に思い込んでいたので、ちょっと意外だった。インクはセーラーの青墨を入れているということだった。こちらの方がさらに意外だった。なぜ意外に感じたのかうまく説明はできないが、とにかく意外に思ったのだ。そして、私のインク人生において自分とは関わりがないと思い込んでいた顔料インクが確かな存在感を示し始めた瞬間だった。憧れの人が使っているということが顔料インクを一気に身近なものにさせたのだ。私もいっちょ顔料インクを使ってみようとグッと傾いた。

■ 顔料インクを使うには新しい万年筆が必要だ

パイロット 強色 ブルーインク

ちょうどパイロットから顔料インクの「強色」というものが発売された。前に読んだ「趣味の文具箱」で見かけたのを思い出した。いいタイミングだからその「強色」のブルーを使ってみることにした。柴田さんと同じにするのもちょっとなんだしという思いも頭をかすめた。少しだけ自分らしさを出してみたいと思った。

では、どの万年筆に入れようか。手持ちの万年筆にはどれも染料インクが入っている。それを抜いて洗浄して「強色」を入れることも一瞬考えた。でもすぐに思い直した。ここは顔料インク「強色」のための新しい万年筆を買うべきではないかと。クセのあるインクなのでまっさらな万年筆の方がきっといいだろうと考えた。顔料インクを買おうとしているのに、私の思考は万年筆を新たに買う方向性にどんどん進みはじめている。そして、すぐに候補の万年筆が浮かんできた。こういう時の頭の回転の速さは我ながら大したものだと思う。その万年筆はパイロットのカスタム74だ。すでに一本持っているが、以前からグリーン軸が気になっていた。

買い物プランがしっかりとかたまり、週末に最寄りの横浜元町の伊東屋さんに小走りで向かった。

パイロット カスタム74 万年筆 グリーンボディ

パイロット カスタム74 万年筆 グリーンボディ

パイロット カスタム74 743 万年筆
深みのあるグリーン。ブラック軸と比べるとその微妙な違いがわかる。

■ 見た目はおどろおどしい色

買うインク&万年筆がすでに決まっていると、買い物にかかる時間はとても早い。これこれをくださいというと、店員さんはすぐに出してくださる。一応万年筆の試し書きをしたが、それでも10分くらいで終わった。家に帰り、早速「強色」インクを入れて書いてみることにした。今回、コンバーターの「CON-70N」も買った。これまでの「CON-70」は「強色」には使えないという。メーカーサイトにそう書いてあった。「CON-70N」はコンバーターの中に重りのようなものが中央の針金に通されている。コンバーターを上下するたび、それがカランコロンとスライドする。顔料インクにはこうしたことがどうやら必要のようだ。

パイロット コンバーター CON-70N

箱から「強色」を出してみた。ボトル越しに見える色がこれまでの染料インクのブルーとは明らかに違う。一番驚いたのが、そのおどろおどしい青色だった。人を気軽に寄せ付けないものがある。ペン先をその中にズブリと沈めてコンバーターの後ろをプシュプシュと押し込んでみる。インクも確かに吸い上げているんだけど、それと一緒に気泡もコンパーターにいっぱい入り込んでくる。

パイロット 強色 ブルーインク

■ 書き味はふつう

パイロット 強色 ブルーインク
ペン先はF(細字)

書いてみた。先ほどボトル越しに見えたおどろおどしい青は、万年筆を経由して紙の上に書かれるとまったく違う印象の青に変わっていた。先ほどの迫力は影を潜めふつうのブルーの筆跡がそこにあった。インクの濃淡も現れている。いつも私が使っているパイロットの染料ブルーと書き比べてみると、そんなに大きな違いは感じなかった。強いて言えば「強色」の方がわずかに濃いくらいか。加えて筆跡の透明感も染料の方がわずかにある印象だった。書き比べてその違いがわかるくらいで単体で使っていく上では染料人生だった私にはそれほど気にならないレベルだった。いい意味でふつうのブルーインクだ。

パイロット 強色 ブルーインク

筆跡ではないが、顔料インクらしさを感じたこともあるにはあった。例えば、コンバーターのインクを上に下にと逆さまにしていると、インクはそれに伴い上に下に流れていく。その際にコンバーターの内側に付着したインクがトロリと綺麗に垂れていく。あと、手をインクで汚した際に石鹸で洗う時、染料の時より綺麗に落ちるようにも感じた。

パイロット 強色 ブルーインク

もちろん、顔料インクは水に強い。これが最大の特徴だ。ただ私が顔料インクに興味を持った理由はそこにはあまりなかった。一応確かめてみると、すっかり乾いた筆跡を水に流しても確かに全く流れなかった。なるほど顔料とはこういうことなんだ。雨が降りそうな時に出すハガキなんかに安心して使える訳だ。

パイロット 強色 ブルーインク



というような感じで顔料インクデビューをした。ちょっと拍子抜けするくらい、ふつうに使えるものだった。特にパイロットの染料インクをずっと使っている私にはすんなりと受け入れられるものだった。そんなに怖がることはなかった。ただ、インクを長期間入れっ放しにしておくのはいけない。定期的に使ってインクを補充していこうと思う。私はこのカスタム74&「強色」の組み合わせを日々の瞬記に使っている。耐光性にも優れているということで筆跡がしっかり残ってくれるはずだ。何十年か後に読んだ時その良さを実感できるのかもしれない。当面はふつうに使っていこうと思う。

パイロット 強色 ブルーインク

パイロット カスタム74 グリーン軸
強色
強色ブルー

「強色」の使用上の注意事項(パイロットサイト)

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