文具で楽しいひととき
中国蘇州 誠品書店
文具イベント&講演・対談
梅雨の長雨が続き、夏が待ちかねたように30度級の暑さを見せ始めた7月の末、中国蘇州へ行った。日本で夏の暑さに慣れ始めたと思っていたが、蘇州に来てその甘さを思い知らされた。気温が36度もあるのだ。なにかの間違いでどこかで大がかりな暖房でもつけているのではないかというくらいのムワッとする暑さ。少し弱めのサウナに入っているみたいで顔や手など皮膚の至るところに暑さがまとわりついてくる。
蘇州に来た目的は、昨年に引き続き今年も蘇州誠品書店の文具イベントで講演をするためだ。
最近、日本でも知名度がグングン上がってきている誠品書店。台湾で30年続く大型書店である。書店を基軸に誠品生活というデパートや台湾ではホテルも展開している。中国大陸では2015年に蘇州でオープンさせている。ここ蘇州では誠品書店、誠品風格文具館をはじめ、バラエティにとんだショップが入っている誠品生活という構成。飲食店も入っているので、ゆったりと一日を過ごすことができる施設となっている。
建物は3階建て、広々とした階段が印象的
いつ来ても「落ち着く」と心から思える誠品書店の書籍売り場
店内の至るところではリラックスして読書に没頭している姿が見られる
2Fにある文具売り場
日本の文具を中心にした幅広い品揃え
■ 文具総動員
7/26〜8/25のほぼ1ヵ月間にわたり大きなホールで文具イベントが開催された。今回のテーマは「文具総動員」。その名のとおり会場には盛りだくさんの文具が楽しそうに並んでいた。色々な切り口で文具が紹介されていて、さながら遊園地のような賑やかさがある。
床は少し大きめの方眼をイメージしている
入り口を入ってまずあるのが「文具的生命力」というコーナー。ここには色々な方が日々愛用している文具がショーケースの中に展示されている。誠品の方によると、このコーナーの企画は昨年のイベントの時に私が話したことがきっかけだったという。文具の本当の魅力は、文具売り場で新品の状態で並んでいる時より、使い手の暮らしや仕事の中で実際に使われている状態であり、文具はそうした時に命を吹き込まれたように一番輝きを放っている、というようなことを私は話したらしい。それをベースにこのコーナーが企画されたそうだ。
そんな経緯もあって、そこには私の愛用文具も並べられている。「考える時に使う文具」、「スケジュール管理に使う文具」、「メモをする時」、「ベッドに置いている文具」といった具合にシーンごとの文具を並べてもらった。私は普段からシーンごとに使う文具を明確に決めている。それぞれのシーンでは最小限の文具に絞り込んでいるので、こうして展示してみると、他の方の愛用文具より余白タップリなディスプレイとなってしまった。少々寂しいかなとも感じたが、これはこれで私らしいではないかと思いなおした。
左が「スケジュール管理で使っている文具」、右が「考える時の文具」
デスクで使っているメモ
肌身離さず常に携帯しているメモ帳「すぐログ」
誠品さんからベッドサイドで使っている文具も展示したいと依頼された。用途別に文具を使い分けている私は、もちろんベッドサイドの文具も明確に決めている。ステッドラーWOPEXの鉛筆(芯が頑丈なため)と3Mもポスト・イット モバイルメモ
私以外には、今回のイベントでイラストを手がけたイラストレーターのcaroさん、中国の手帳・文具コミュニティ「Paperi」の創始者 袁(えん)さん、編集者の方など様々なジャンルの方の愛用文具が展示されていた。「人となり」という言葉があるが、その人の文具を見るとそれぞれの個性がクッキリと打ち出されていて、見ていて楽しかった。
イラストレーターCaroさんの文具。イラスト同様に楽しさが伝わっていくる文具ラインナップだ
中国の手帳・文具コミュティサイトPaperiの創始者 袁さんの文具。手書き・スケジュール管理への強いこだわりが感じられる。パトリックさんの「クロノデックス」も活用されているようだ
さすが編集者の方は様々な分野にアンテナを張りめぐらせていると感じさせるバラエティに富んだ文具構成だった
その隣のコーナーでは蘇州の誠品書店スタッフの方々が選んだオススメ文具が展示販売されていた。こちらも個性豊かな文具ラインナップである。来場したユーザーはそれら文具の中で自分が気に入ったものに投票できるようになっている。投票用紙は六角形のカードで、中央に穴が空いている。投票するところには棒が用意されていて、その棒に通して投票をしていくと鉛筆のような形になっていくという仕掛け。ちなみに私はトンボ鉛筆の「リポータースマート」に投票した。この多色ボールペンはペンをくり出すスライダーが色ごとに形が違う。つまり、いちいち見なくても指先の感触だけで色を替えることができる特長がある。かねてより個人的に高く評価しているペンである。
スタッフのお名前の下にあるバーは、上の青が誠品の勤務年数を示し、下の赤のバーが文具愛好年数を示している
スタッフの方が実際に使っているものが展示されている。日々の仕事で使っている文具なので、それが手元になくて困っていると話すスタッフの方もいた
セレクトされたご本人と。黄さんは誠品書店で文具一筋15年勤務されているスペシャリスト
女性スタッフが多い誠品書店の中で存在感を示していた何さん
私は投票したトンボのリポータースマート
六角形のカードが積み重なっていくと鉛筆のようになっていく
また、日本では見たことのない文具が並ぶコーナーもあった。誠品書店が30周年を迎え、それを記念したコラボ文具だという。表紙がグレーとホワイトのライフ「ノーブルノート」、細長い「MDノート」には表紙の端っこに定規のような目盛りがある。よくよく見ると30と11だけが大きな数字になっている。これは誠品書店の30周年と「MDノート」の11周年を表したものだ。
誠品書店さんの店内イラストが表紙に描かれたMokeskine
1〜30までの数字が並んだ測量野帳、そして缶ケース
大きな「カド消し」かと思いきや3個入りパックだった。こうして3つを並べて数字を添えるだけでまた違った印象になる
イベント会場には、その他たくさんの文具が文字通り総動員されていた。日本文具の比率は高く、日本でも人気の商品があちらこちらに見られた。トレンドとしては日本とほぼ同じ流れなのだろう。
色鉛筆のディスプレイの仕方も実に上手い
イワコーの消しゴムは、文字通り総動員という感じだった
私がプロデュースしたダイゴーの「すぐログ」はフルラインナップで
■ 中国の手帳・文具コミュニティ「Paperi」
今回のイベントで楽しみにしていたことがあった。それはPaperiの創始者 袁さんとの対談。はじめてお目にかかったのだが、創始者ということで、そこそこのお年かと思っていたが、聞けばまだ25歳だという。2017年にスタートしたPaperiは中国のアプリ内で運営されている手帳・文具コミュニティサイト。それぞれユーザー自身が文具活用術を投稿するなど、活発に情報交換が行われているという。また、PaperiにはECサイトもあり商品販売も行われている。現在、Paperiは会社組織として運営されていて13名のスタッフを抱え袁さんはその社長も務めている。
Paperiのユーザー数は、なんと50万人。中国にそんなにたくさんの手帳・文具ファンの方々がいるのかと驚いていると、袁さんは中国のアプリユーザー数としては50万人はまだまだ少ない方だと話していた。それを聞いて、中国の桁外れの市場の大きさを改めて痛感させられた。ユーザーのほとんどは女性で、年齢は16歳〜36歳が中心ということで学生や働いている方々ということになる。
中国でのスマホの普及率は大変に高く、文具を使っている人に私は中国でなかなか出会うことが出来なかった。しかし、中国の中にも文具にこだわりを持っている人たちは確かに存在していたのだ。そのことを袁さん文具コミュニティサイトによって実感することができた。考えてみると日本と同じなのだろう。つまり、日本の中にも文具にこだわっている層が一定数存在する。ただ、その母数となる人口が日本より中国の方がはるかに多い。中国の文具こだわり市場は、日本の文具メーカーにとっても大いに可能性があるように私には感じられた。
さて、中国では、たとえばどんな手帳が人気なのだろうか。中国の手帳事情はあまり日本へは伝わってこない。袁さんのPaperiでは、「ほぼ日手帳」、「Moleskine」、「トラベラーズノート(袁さんはTNと言っていた)」に人気があるという。PaperiのECサイトでよく売れているアイテムはMTのマステということだった。ざっくりとしたトレンドをお聞きした範囲ではあるが、日本の市場とそれほど大きな違いはない印象を受けた。ただ、中国の方にとって、日本の手帳は作り込みもよく紙質もよいが、フォーマットにおいて多少の使いづらさを感じる人も中にはいるという。そうしたことを踏まえて袁さんは今後手帳も手かげていく計画があるそうだ。
ところで袁さんご本人はどんな手帳を使っているのか、実物を見せて頂いた。デザインフィルのPLOTTERのバイブルサイズ。日本で買ったものだそうだ。とても気に入っていて会社にはさらに7冊もあるという惚れ込みよう。そのPLOTTERで袁さんは目標管理を行っている。会社のスローガン、年間の目標、月の目標などを書いている。PLOTTERには大きな指針としての目標管理だけに使い、その他の日々のスケジュールはスマホのスケジュールアプリで管理しているという。一年間を通してこんなことを実現したいという夢などをスマホに入れても、どうしても「ぬくもり」が感じられないと袁さんは話す。お気に入りのPLOTTERに書きとめ、革や紙の手触りを味わいつつ日々眺める方が楽しいそうだ。
袁さん愛用のデザインフィル PLOTTER バイブルサイズ
袁さんは講演ではご本人の文具との向き合い方についてお話されていた。それがなかなか興味深いものだった。袁さんの文具との向きあい方には、これまで3段階のフェーズがあったという。第一フェーズは「文具だけを使うステップ」。これは中高生時代で文具だけを駆使してノートをとったりして勉強に取り組んでいた時のことだ。そして第二フェーズは「文具を使わないステップ」。これは、つまりスマホやパソコンだけで行うというものだ。この時期は大学時代にあたる。袁さんの大学生時代は勉強以外にも様々な活動を行っていた。そのため膨大のプロジェクトやそれに付随する細かなタスクを抱えていた。それをスマホに入れて管理をしていたのだが、学校から疲れて家に帰ってきて、プロジェクトにとりかかろうとするが、疲れている時はそうしたデジタルツールを立ち上げる気になれなかった。デジタルツールは便利ではあるが、ぬくもりがない。しかも色々な邪魔が入って本来のことに専念できないという面もあった。デジタルツールだけで日々の全てのスケジュールを管理するということは、あまりよいものではなかったと袁さんはしみじみと話していた。
そして、第三フェーズとして「文具とデジタルの両方を使う」という現在の袁さんのスタイルに辿り着く。目標管理やアイデアを考える時は紙とペンで取り組む。一方複雑なプロジェクト管理は紙では扱いにくいのでデジタルという具合に使い分けているという。私が注目したのは、第二フェーズの「文具を使わない」ステップ。あえてこのステップを踏んだことでデジタルだけではやりづらい、そして味わいにくい文具ならではの魅力を再認識することができたのだろう。25歳という若さながらデジタルと文具をうまく使い分けているものだと感心してしまった。
私の講演では「私の文具生活」と題して、私の普段の文具との向き合い方、そして使い方についてお話した
袁さんとの対談では文具とデジタルの使い分けについてお互いの考えを話し合った
今回も200名以上の方々にご参加頂いた。会場には女性の姿が目立った。
■ 編集後記
袁さんのスマホ。後ろがふっくらとしているのはバッテリーを内蔵しているカバーのため(アップル純正)。ご存じのように中国ではスマホ決済が普及している。つまりスマホは大切なライフライン。充電がなくなったら色々なことができなくなってしまうので、袁さんはこのバッテリー内蔵カバーを使っているという。
イベントも終わり、誠品書店さんとの夕食会
誠品書店さんで本のディスプレイに使われていた木製スタンド。これはノートスタンドにも使えそうだ。売っていたらぜひ買いたかった。
広々とした湖。まるで海のようだ。
今回の出張手帳はダイゴー ハンディピック 時計式予定表。右側ページの数字は修正テープで消して24時間表記にしてみた。出張など盛りだくさんなスケジュールがある時は、この時計式だととてもわかりやすい。
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