文具で楽しいひととき
好玩文具展で講演
「活動、空間(スペース)、人(お客さん)、商品、サービスを融合させクリエイティブなものにする」
そのコンセプトをもとに台湾や香港で40店舗以上を展開する誠品書店。まるでホテルにいるような寛ぐ空間は、ついつい長居をしてしまう。その誠品書店が2015年に中国大陸初の旗艦店「誠品生活蘇州」をオープンさせた。蘇州は上海の隣の市。虹橋空港から車で1時間くらいのところにある。これは海なのでは?という大きな湖があり、そのまわりにいくつものビルや商業施設、マンションが建ち並んでいる。蘇州は2000年以上の歴史があるが、ここ20年くらいで開発が進められてきた近代都市という顔も持つキレイな町並みの市だ。
たくさんのビルや商業施設が建ち並んでいる蘇州
2つのビルに挟まれた建物が「誠品生活蘇州」
そこに店を構える誠品生活蘇州。背の高い2つのビルの間にあるのが誠品生活蘇州の店舗だ。両端の背の高いビルはマンションだという。7月27日〜8月26日にかけて誠品生活蘇州で開催される文具のイベント「好玩文具展」。今回、このイベントで講演をするためにお招きいただいた。
■ 一日中いても楽しめる空間
メインの入り口を入ると、大きな階段が目に入ってくる。その隣にはエスカレーターもあるがお客さんの中にはこの階段を利用している人は多い。地下1階、地上3階建てとなっている。地下一階は蘇州の伝統工芸品売り場、各種レストラン、1階はアパレル、インテリア雑貨などの外部テナント、2階はステーショナリー、カフェ、一部書籍、そして3階が書籍という売り場構成。先ほどの階段は、上っていくたび日常生活から自分を切り離し、誠品生活蘇州の世界に浸っていくという狙いがある。
まず、3階の書籍売り場を誠品の方にご案内いただいた。これまで何度となく台湾の誠品を訪ねたことがある。それなのに新鮮な印象を受けた。明るすぎない照明、落ち着いたブラウンを基調とした什器、そこに本が気持ちよさそうに並んでいる。たくさんの本があるがギュウギュウ詰めという印象はなく、どこかゆったりとしている。これまで訪れた台湾の誠品と肌で感じる落ち着いた雰囲気は同じなのだが、どことなく違うような気もする。実は誠品では、基本はどこのお店も同じ世界観だが微妙にその土地ごとにローカライズをしているという。この蘇州店は入り口を入って左右に長い売り場になっている。その天井があるところはとても高く、またあるところは低くと変化に富んでいる。これは蘇州の伝統的な建造物でよく見られるものだという。こうした細かな点にその土地らしさを織り交ぜているのだ。
この誠品書店蘇州にある本はおよそ50万冊を超える。台湾で一番大きい誠品書店信義店とほぼ同じだという。
売り場には誠品書店でよく見かける大きなテーブルがあり、老若男女が好きな本を広げて思い思いの時間をゆったりと過ごしている。本を買わずにここで読むだけでもいいのだろうか。誠品の方によると、まず本を読む楽しさを存分に味わってもらい、その中で気に入った本があれば買ってもらえばいいのだという。なんと懐が深いのだろう。
落ち着いた雰囲気のカフェもある
■ まるで台湾誠品書店のような品揃えの文具売り場
2階に移り、文具売り場のメイン入り口をくぐり抜けた。こちらも左右に長い売り場が広がっている。正面にシーズンイベントコーナーがあり、ちょうどこの時期はトラベルなどをテーマにした展示があった。その奥に高級筆記具、システム手帳や革製品などがある。そして、左側に広がる売り場にはラッピング用品、マスキングテープ、レターなどが置かれ、右側はノート、筆記具、ファイル、事務用文具などだ。SKUは19,000アイテム(取材時点)で、台湾の誠品書店と変わらない品揃え。日本の文具や欧米、台湾のものが多く見られた。
入り口を入ったところにあるシーズンイベントコーナー
左側にはラッピングやレターなどが並ぶ
こちらは入り口入って右側の売り場
万年筆を中心とする高級筆記具売り場。主にギフト需要が多く、500元〜1,000元くらいの価格がよく動くという
台湾だけではなく、中国大陸でもインク人気が少しずつ高まっているという
インクを小分けするカプセルを入れるレザーケースがあった。こうしたアイテムを売っているところに誠品の一歩先をゆく品揃えを感じた。
システム手帳はレイメイ藤井のダヴィンチの品揃えが豊富だった
スチールをふんだんに使ったステーショナリー「CLAUSTRUM」(日本ブランド)まで並んでいるのには驚いた
文具売り場のユーザー層は25歳〜35歳で、60%が女性だという。蘇州エリアは外資をはじめとする工業団地や企業も多く、そうした人たちが利用しているようだ。私が訪れたのは土曜日ということで店内にはたくさんのお客さんで賑わっていた。
実は開店当初、厳しい状況もあったという。中国のお客さんにとって誠品生活蘇州の売り場や品揃えは初めて目にし体験するものだった。それまで見たことのないということですんなりとは受け入れてはもらえない状況もあったという。それは書籍売り場でも同じだったそうだ。数年が経過し、誠品生活蘇州のこうしたスタイルがじわりじわりと中国のお客さんに受け入れられていった。
ここ蘇州の文具売り場で人気の文具を聞いてみると、ノートだという。マルマンのニーモシネやスタロジーのノートあたりが人気だそうだ。以前、上海の知り合いにこんな話を聞いたことがある。最近の若い人たちは、スマホでほとんどのことをやるのでペンで書くということはすっかり減っていると。上海のコワーキングスペース「WE WORK」を見学させてもらったが、確かにみんなスマホやノートPCだけを持っていて、ペンやノートに書き込んでいる姿は見ることができなかった。その状況が中国の現状だと私は思い込んでいたので、この蘇州で文具を熱心に見ている人たちの光景はとてもうれしかった。たしかにスマホはとても普及しているが、それが全てではなく、中には手で書くことを楽しんでいる人もいるのだ。考えてみれば、日本の状況を規模的に大きくしたということに過ぎないのかもしれない。いずれにせよ、誠品が数年かけて文具や本の楽しさ、奥深さを地道に伝え続けてきた結果なのだろう。
■ 誠品生活採集×蘇州
地下一階に設けられた誠品生活と蘇州市がコラボしたコーナー。ここには蘇州に古くから伝わる伝統工芸の品々が美しくディスプレイされていた。刺繍されたものやシルク製品、扇子などなど。蘇州は歴史が古く蘇州博物館はとても有名という話は事前に知人から聞いていた。今回の2泊3日のスケジュールでは時間をとることができず博物館は諦めていた。そこにきて、このコンパクトではあるが伝統工芸が凝縮したコーナーはうれしかった。工芸品の制作過程を紹介するビデオも流され、ダイジェスト的に蘇州の伝統工芸を垣間見ることができた。
奥には、中国絵のための画材コーナーもあった。目を見張ったのが願彩。願彩の原料を収めたボトルが美しいグラデーションで並べられていた。
さらに奥に進むといくつかのポストと宛名書きがされた手紙が壁一面に飾ってあった。これは未来へと届ける手紙だという。ポストには2020年、2021年など未来の年号がある。自分の届けたい未来を決めて、手紙を書いてポストに入れる。自分宛でもいいし友人宛でもよい。その間、手紙を保管してくれ、時期が来たら送ってくれるというものだ。保管期間によって料金は違う。数年前の自分から手紙が来るなんて素敵ではないか。本や文具などのモノだけでなく、「体験」も楽しめる訳だ。
■ 文具イベント「好玩文具展」
今回、誠品が蘇州で開催する初めての文具イベント「好玩文具展」。同店では、これまで本に関するイベントは何度となく開催してきた。しかし、文具のイベントはこれまで開催してこなかった。オープンして2年半が経過し、ようやく機が熟したという。「好玩」とは楽しいという意味。文具の楽しさを味わってほしいというコンセプトだ。まるでミュージアムのような入り口から入ると、壁一面にコピー用紙が貼り出されている。その数600枚。これはカランダッシュのゴリアットリフィルで書ける紙の枚数を表現している。言葉で600枚書けると説明されるより、こうして実際に600枚の紙を見せられたほうが伝わってくる迫力が全然違う。それ以外にも消しゴムの消せる仕組みやホチキスのメカニズムなどがパネルで分かりやすく紹介されていた。さらに奥に進むと、白い部屋がいくつかあった。これは小説の登場人物がこんな文具を使うのではとイメージを膨らませたセットだった。「グレートギャッツビー」はライフのノーブルノートや鉛筆になっていた。なるほどという感じである。文具の楽しさが色々な趣向で紹介されていた。
さらに奥に進むと、大きな文具の販売コーナーがある。ノート、ペン、メモ、マスキングテープなどありとあらゆる文具が並んでいた。日本の文具も多く、中にはマークスと誠品がコラボした限定「STRAGE.IT」ノートもあった。そして、私がプロデュースした「すぐログ」も。
「MDペーパー」と「ハイタイド」は特設ブースでディスプレイされていた
■ 講演には200もの方々が参加
今回の中国出張の目的である講演。「文具のある生活 選び方から使い方」というテーマでお話させて頂いた。誠品の方によると、私の講演はウェブでの募集を開始してわずか30分で参加枠の200名がすぐに埋まってしまったという。これにはちょっと驚いた。そんなにすぐ埋まるなんて、日本のイベントでもないことだ。
当日は、200名の席はすでに埋まり、後ろには立って聞いてくださる方々までいた。今回私が用意した内容は普段私がどのように文具を選び・使い分けているかというのもの。「存在が無になる」文具を選んでいるということだったり、書くシーンごとにペンを使い分ける、考えるための文具の使い方といったことをお話していった。
講演のスライドは予め中国語に翻訳をしていただいた。それをもとに私が日本語で話し、そのあとすぐに通訳の方による中国語が入る。いわゆる逐次通訳。参加されている方の中にはスライドをスマホでカシャリと撮影されたりとても熱心に聞いていただいていた。1時間の講演後にQ&Aになった。すると、次々に手があがった。
「私はシステム手帳を使っていますが、土橋さんのシステム手帳を使いこなすシステムとはどんなものですか?」
「スケッチブックで出したアイデアは、その後どのようなステップで広げ形にしてくのでしょうか?」
「私は文具をデコレーションをするのが好きですが、文具のデザインについて土橋さんはどうお考えですか?」
「私は文具が好きで、新しいものが出るとついつい買ってしまいます。土橋さんはたくさんの文具を持っていると思いますが、どのように活用し整理していますか?」などなど。
ここは日本のイベント会場なのではないだろうか。そう思ってしまうくらいの文具好きならではの質問だった。中国には、数はまだそんなに多くないのかもしれないけど、私たちと同じように文具を愛し、活用して楽しんでいる人たちがいるというのが肌で感じられた。単に仕事や勉強で文具を使うということだけにとどまらず、文具を使うことそのものを楽しもうという市場が確かにあり、今後広がっていくのではないかと、とても可能性を感じた。
終了後のサイン会では大勢の方々にサインをさせて頂いた
*取材後記
講演前に中国のニュースサイトから取材を受けた。動画取材であるというのを直前に聞いて慌ててしまった。取材の最後に、その番組のお決まりの言葉を中国語で言わねばならず、5回くらいNGを出してしまった。。
講演の冒頭では、中国語で挨拶した。内容は「みなさんこんにちは。土橋と申します。今日は私の講演を聞きに来てくださいまして、ありがとうございます。」というごくごく簡単なもの。事前に通訳の方に教えていただいた。実は大学時代、第二外国語に中国語を3年間とっていた。すでに30年近く経っていたいたが、中国語の四声発音などうっすらと体にまだ残っていてくれたようで、どうにかそれらしい発音ができた。あとで誠品の方に、発音がわかりやすかったと褒められた。中国語を勉強してよかったと卒業後初めて思った。。
活版印刷の活字をハンコにしてくれるショップ「字在」(B1F)。友人のおみやげに買った。一文字で49元とリーズナブルだった。
誠品生活蘇州の方々との晩餐会。メインメンバーの方々は台湾の誠品から赴任されていた
蘇州は上海とは違う落ちついた雰囲気があり、人混みも少なく自然も豊かな心地よい場所だった。近いうちぜひとも再び訪れてみたい。ただ8月の暑さは私の住む横浜を上回っていた。
*誠品生活蘇州
関連リンク
「台湾で出会った文房具 2017年」
「台湾文具ショップ探訪 2016」
「台湾文具の旅 1」2014 レポート
文具コラム ライブラリー
pen-info SHOP