文具で楽しいひととき
アドラー
洋鋏 285-5
いいものはいい音がする。たとえば、カメラのライカのシャッター音がそうだ。
「カッシャン。。。」余韻を残すシャッター音には、たしかにその空間をフィルムに残しました、ということが実感できる。ちなみにライカのシャッター音は、アニメ「ちびまるこちゃん」で友達たまちゃんのお父さんがよく持っているカメラのあの音だ。
私はこのライカのシャッター音が大好きで、フィルムを入れずに空シャッターをよく切って、その音を愉しんでいる。
そして、このハサミもその音がいい。ライカの「空シャッター」ならぬ、ハサミの「空チョッキン」、つまり紙を切らずにハサミを動かすだけでいい音がする。いいハサミというのは、紙だけでなく空気を切っても心地よくいいい音がするものなのだ。
■ ハサミの名は Adler (アドラー)
刃物で有名なドイツ ゾーリンゲン製だという。しかしながら、このハサミはドイツブランドではなく、実は日本のもの。日本橋の刃物屋さん木屋のブランドで、ゾーリンゲンで日本人の手に合うように作っているものだという。
まずは、その姿形から。机の上にアドラーを置き、しばしその姿を鑑賞してみる。
一見すると普通のハサミという感じもしなくもないが、細部をしっかりと見ていくと、そこから漂う空気感というようか何かが違うことがひしひしと伝わってくる。刃先は「気やすく触ると火傷するぜ!」という感じで、鋭く研ぎ澄まされている。
その刃先の鋭さとは対照的に、持ち手は有機的なスタイル、それでいてグラマラス。
その対比が美しい。深呼吸を一つして、手にしてみる
まず感じるのが、ステンレスのほのかな冷たさ。まだ私とこのハサミとの間にある、隔たりみたいなものがこの冷たさから感じられてくる。しかし、10秒くらいすると、私の体温がハサミへと伝わり少しばかり仲良くなったような気がする。見た目のわりにやや重量感がある。ギッシリと中のつまったステンレスの塊のような心地よい重さを感じる。
■ しっくりくる握り心地
次にチョキチョキ態勢に入ってみる。
指にわっかをさしこむと、あちこちに隙間が出来てしまう。しかし、これが不思議と握り心地としてはピタリと落ち着く。これはなぜだろうといろいろと考えてみた。きっと、先程紹介した有機的なフォルムが効いているのだろう。わっかの内側も丸みを帯びていて優しく指を包みこんでくれる。次に空気を切ってみる。
まずはカメラで言うところのスローシャッター。ゆっくりと刃先を広げ、静かに刃を閉じる。
刃の閉じはじめに二つの刃が重なりあう抵抗を感じる。
■ 正しい「チョキン」が聞こえる
抵抗と言っても嫌な感じはみじんもなく、相性のいいもの同士が気持ちよく触れあっているような感じだ。閉じはじめから終わりまで、その抵抗の重さはほとんど変わらず、最後に持ち手のわっかが同士がぶつかり、刃先同士の触れ合いは終了する。よくハサミで切る音を「チョキン チョキン」というが、この音は二つの音で構成されているということに改めて気づかされた。
はじめの「チョ」は刃同士が触れあっている音であり、最後の「キン」は持ち手のわっかがぶつかる音。最近は持ち手がプラスチックで覆われているものが増えてきているので、その音も「チョコン」「チョットン」みたいになっている。
久しぶりに正しいハサミの音というもの聞いた気がした。
次に少し早く「チョキン チョキン」をやってみる。カメラでいうところの1/120シャッタースピードという感じだ。混じりけのない純粋な「チョキンチョキン」が味わえる。今、私は空気を切っているというのをしみじみと実感できる。
さて、次にいよいよ紙を切ってみよう。刃先を広げその根元に紙を滑り来ませ、心地よいわっかのグリップを感じながら、握り締めていく。
■ ジェットストリームのような切り味
ただただ滑らかにスゥッと切れていく。初めてジェットストリームを書いた時のあの感動に近いかもしれない。紙がある限り、いつまでもどこまでも「チョキン チョキン」と切り続けていたくなってしまうほどだ。試しに刃先を半開きにして、ハサミをスライドさせて紙を切ってみようとしたら、これは出来なかった。このハサミはあくまで刃と刃を合わせる「チョキン派」なのだ。
ところで、ハサミの置き場所というと、ペン立てに一緒に立てておくというのがごくごく一般的。しかし、このアドラーはそういうふうにはしたくない。
刃先も痛めそうだし、何よりそうして置いておくと、他の誰かに気軽に使ってくださいと言わんばかりになってしまう。よく使い慣れた万年筆は人に貸してはいけないという。これは書き慣れてその人の書き癖にフィットしたペン先の微妙な具合が狂ってしまうから。
ハサミでそういうことは、たぶんないだろうが、気持ち的にはあまり人に使ってもらいたくない。では、どこに保管するか。道具であるので、引き出しに後生大事にしまいこむというのもちょっと違うような気がする。
やはり、使ってこその道具だ。そこでわたしは、ペンケースとして使っているポスタルコの「ツールボックス」に入れることにした。
これはタップリとした収容力もあるので楽々と入ってしまう。そして、このアドラーは紙を切るときにだけ使おうと私は心に決めた。間違ってもガムテープなどは切ってはならない。粘着面が刃の内側に付着して、滑らかな切れ味が失われてしまう。そのために、ガムテープ専用にコクヨS&T のグルーレースハサミを別に買うことにしよう。
このハサミは、あくまでメインは紙を切り、そして時々は空気を切るためとして使っていこうと思う。
*記事作成後記 その1
ハサミにとって刃は生命とも言える部分です。その刃先を守るために、これがピッタリ。刃を少しばかり上に載せて箸置きみたいに使うことができます。
ちなみに、これは中屋万年筆の万年筆枕。
*記事作成後記 その2
私はこのアドラーをポスタルコで買いました。私がこれを入手した12月にちょうどポスタルコで「SCISSORS」という展示会が開催されていました。
そこには、世界各国から集められた昔の鋏がいろいろと展示されていました。この展示会は、ポスタルコショップで2012年2月18日まで開催されているそうです。
アドラー 洋鋏 285-5
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