文具で楽しいひととき
満寿屋
原稿用紙 102
■ いまだに原稿(草稿)は万年筆で手書き
私はコラムなどの原稿を書くときは、原稿用紙と万年筆と決めている。こう言うと、「え!パソコンじゃないの?」と多くの人に驚かれる。特に雑誌社の編集者といった方々は目を丸くする。まるで電気を使わない生活をしている人でも見るようなまなざしで私のことを見る。
逆に編集の方が、原稿用紙を使わない事のほうが私には新鮮に感じたりするのだが。。確かに最終的には手書き原稿をPCで入力するが、はじめは原稿用紙と万年筆という組み合わせにこだわっている。
その理由は、いつくかある。せっかくお気に入りの万年筆を持っているのだから、その活躍の場として最高な舞台である原稿を書くというチャンスを逃してなるものか、というのがまず一つ。それから、これは色んなところで言っていることなのだが、頭に浮かんだことを素早く紙に落とし込むには、キーボードを打つよりも、私の場合ペンと紙の方がいい。
なにしろ、ペンを握るようになって、私の場合でも、かれこれ30年以上も経っており、キーボードとは年季が全然違うのだ。特にたくさんの文字をスムーズに筆圧も少なく書くには、万年筆ほど最適な筆記具はないと思っている。というのが、私が万年筆と原稿用紙にこだわっている理由。
そして、今私が最も信頼を寄せているのが、満寿屋の原稿用紙である。
■ 文豪が愛した満寿屋 原稿用紙
満寿屋と言えば、川端康成、三島由紀夫などそうそうたる文豪が愛した原稿用紙メーカー。そうした文豪の方々は、自分好みのマス目の大きさや、罫線の色などを指定して特注してきた。
マス目などは、一般に400字詰めというイメージがあるが、300字や200字めなど色々なバリエーションがある。そうした特注製作で培ったきたことを活かして、満寿屋には現在、定番として28種類もの原稿用紙が揃っている。その中で、私が特に気に入っているのが「102」というタイプ。
■ ハーフサイズ原稿用紙
サイズは、一般的な原稿用紙の半分にあたるB5サイズという小ぶりなもの。そもそも、これは旅先でも原稿が書けるよう携帯性もいい原稿用紙が欲しいというある作家の要望から生まれたもの。このサイズもさることながらこれがユニークなのは、ルビ用の罫線ががないこと。
一つ一つのマス目は横長の長方形をしている。この形が障子の格子に似ていることから「障子マス」とも呼ばれている。ルビ罫がないことで、ゆったりとしていて、心おおらかな気分で書けるのがよい。
原稿用紙は、というよりも日本語は本来、縦に書いていくものである。多くの作家の生原稿を見てもどれも縦に書かれている。しかし、しかしである。私は横書きになってしまう。と言うのも、学生時代からノートは横罫線ばかり、当然、その罫線に従って横書きばかりをしてきた。
原稿用紙といえども、いきなり縦に書いてみろ、と言われても手がなかなか言うことを聞いてくれない。例えて言うなら、これまでずっと横歩きしかしてこなかった蟹に「おい、まっすぐ歩いてみろ!」と言うようなものである。きっと蟹は、つぶらな瞳に涙を浮かべてとまどってしまうことだろう。そんな蟹の気持ちが私には痛いほどよくわかる。
という訳で、邪道だが、この102に横書きをしている。
しかも一マスごとに一文字ずつ書き込むということもしない。横ラインだけを多少気にして、書くくらいだ。頭に浮かんだものをすぐさま紙の上に落とし込んでいくことで精一杯なので、そこまで気が回らないというのが正直なところだ。
この旅先用原稿用紙サイズは、現代のデスク事情にも都合がいい。例えば、PCなどが置いてある机の上でも広げることができるし、ちょっと気分転換してスターバックスなどで仕事という時にも、場所をとらずに書けるのがいい。
この満寿屋の原稿用紙の最大の特徴、それは万年筆との相性がすこぶるいいことだ。万年筆で書く作家の要望を取り入れ、試行錯誤を繰り返す中で、既製の紙ではそうしたプロの要望に応えることがなかなかできず、独自に紙を抄いてオリジナルを作ることに行き着いている。
■ 万年筆の筆跡がやや細めになる
万年筆が滑らかに走りそれでいてインクの吸収が適切。特筆すべきは、太字系の万年筆で書いても筆跡がやや細めになることだ。一般のノートの紙で書いたものと比べるとその差はよくわかる。
試しに、ロディアとマルマンのジウリスで比べてみた。
【以下、左から満寿屋、ロディア、ジウリス】
万年筆:パイロット カスタム823 ペン先はコース
インク:パイロット ブルー
万年筆:ペリカン 800 ペン先はB
インク:ペリカン ロイヤルブルー
万年筆:中屋万年筆 輪島漆塗り シガーモデル ペン先は極太
インク:プラチナ万年筆 ブルー
細く書けるのが、一概に良いとは言い切れない。しかし、私は太字ならではの滑らかな書き味が大好きなので、その書き味を楽しみつつ、判読可能な筆跡を作り出すことができるという点で気に入っている。
と言っても、102の紙一枚だけをつまんでみると、ヒラヒラとしていて決して厚い紙というわけではない。にもかかわらず、インクのにじみそして裏面へのインクの抜けは見られない。片面しか書かない原稿用紙としてはオーバークオリティとも言えなくもない。
■ 自分が書いた筆跡のインキで手が汚れない
このインクの吸収の良さは、実は原稿用紙にとって大切な事なのだと思う。私の場合は横書きだが、一般的にはやはり縦書き。右利きの人が縦書きをした場合、1行目を書き終えると、当然2行目の最上段に手は移っていく。このとき、1行目の筆跡がしっかりとインクを吸収していないと、手で1行目の筆跡を乱してしまうことになる。
そうしたことなく、一文字一文字スゥッと気持ちよくインクを吸収してくれるので、次々に行をかえて書いていくことができる。とりわけ、一気に書き上げていく作家にとっては重要なことだったに違いない。
それから、この満寿屋の原稿用紙をより気持ちよく書くために私は必ず原稿用紙を10枚~20枚くらい重ねて書くようにしている。固い机の上で一枚だけ原稿用紙を敷いて書いていると、ペン先が紙の上に置いた時のタッチがどうしてもコツコツとなる。しかし、重ねることで紙が自然なクッションを生み出してくれる。
この102は、原稿用紙ということではあるが、このB5判サイズということを活かして私は便せんとしても使っている。インクとの相性の良さはなにも万年筆だけではなく、パソコンのプリンターともOKなのだ。
102には、上手い具合に上に余白があるので、ここに自分のロゴ、そしてフッターには自分の住所を入れたテンプレートをワードで作って、印刷をしている。
これで、オリジナルレターヘッドとして使うことができる。
今、私が万年筆を使うときのホームグラウンドと呼べるほどによく使っているこの満寿屋の102。だから、新たに万年筆を新調するときも、この102を必ず持参して、お店の方に許可を頂いた上でこれで試し書きをさせていただいている。
書き味を判断する上で、常に同じ紙で書いていたほうがその微妙な違いもわかりやすいので。いわば、私にとっての万年筆の定点観測のようなもの。原稿を書くことだけに集中させてくれ、そして、万年筆で書くことを楽しませてくれる原稿用紙だ。
満寿屋 原稿用紙 102
満寿屋さんの原稿用紙102は、アサヒヤ紙文具店で手に入ります。
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