文具で楽しいひととき
オリベッティ
バレンタイン タイプライター
数年前、屋根裏部屋の大掃除をしていた。すると妻が「懐かしい〜まだ残っていたんだ!」と言いながら鮮やかな赤いのものをよっこらしょと持ってきた。その独特な四角い形を見て、私はすぐにオリベッティのバレンタイン タイプライターだとわかった。エリオット・ソットサスがデザインした今なおファンの多い名機である。取っ手がついているその姿は、「真っ赤なバケツ」とも呼ばれているのを以前に雑誌で読んだことがあった。
我が家のしかも屋根裏部屋にそんなデザインプロダクトが眠っていたのかと、驚いてしまった。妻によると、大学生時代に「ESS(English Speaking Society)」という英語研究部に所属していて、英語でスピーチや演劇をしていた。その時に、このタイプライターでスピーチ原稿を作っていたという。30年近く眠っていたが、その美しいフォルムは健在。事務所のインテリアにしたいからと、妻から借りることにした。試しにキーボードを押してみると、それにつながった刻印がガチャンとメカニカルな動きをする。今もしっかりと作動してくれた。ただ、肝心のインクリボンはなかったので、使うことはできなかった。あくまでもインテリアとして私の事務所の片隅で数年にわたって静かに佇んでいた。ある時、ちょっと使ってみたくなった。
■ 問題はインクリボン
30年近く前のオリベッティ バレンタイン。インクリボンは果たして今も入手できるのだろうか。ためしにグーグル先生に聞いてみた。すると、ひとつのサイトを教えてくれた。尾河商会というタイプライター専門のネットショップ。ここでは古いタイプライターの本体をはじめ消耗品であるインクリボンも色々と販売していた。その中にバレンタイン用のインクリボンもあるではないか。さすがに純正のものではなかったが、その分一本1,000円+Taxとリーズナブル。ちゃんとセットできる自信はなかったが、ひとまず2本注文してみることにした。
数日して届いたインクリボンにはタイプライターのセット方法を説明する紙が入っていた。しかし、それはなにぶん文字だけの説明だったので、どうしてもよくわからなかった。再びグーグル先生に聞いてみると、私のような素人向けにインクリボンの取り付け方を紹介する親切な動画があった。今は実にいい時代である。左右逆に取り付けてしまったりと指先を真っ黒にしながら、試行錯誤をくり返しどうにか取り付けることができた。A4の紙をセットしてキーボードを押してみた。パソコンのキーとはまるで違い、2〜3cmくらいしっかりと押し込んでいく必要がある。するとガチャンと結構な音を出しながら紙に文字が打ち込まれた。タイプライターなのだから当たり前なのだが、実際に文字が打ち込まれると、なんだかちょっとうれしくなってしまった。
面白くなって次々に文字を打ってみた。昔の映画で聞いたことのあるガシャンガシャンというメカニカルな音も面白い。「文字を打つ」というが、パソコンの時よりもよっぽど「打っている」実感がわく。
■ オリジナルのメモが作れる
ただ紙にガシャンガシャンと打っているだけでは、タイプライターをちゃんと使っているとは言い難い。これではパソコンを買ってゲームだけをやっているようなものだ。しっかりと日々の暮らしの中で活かしていきたい。そこで、やってみたのは、メモ用紙のヘッダーを打ち込んでみることだった。
「MEMO」「ToDo LIST」「pen-info」「ToDo for Tomorrow」「As soon as possible」やちょっと変わったところでは「Top Secret」「ONLY By Pencil(このメモは鉛筆で書く専用!という意味)」「ONLE by Fountain pen(万年筆で書く専用)」なども作ってみた。
私はかねてよりメモにとびきり上質な紙を使うようにしている。いつの間にやら買って溜まってしまった上質な紙を使った便せんやノート。それらをメモサイズにカットして日々使うようにしている。上質な紙ものは、ついついもったいないからと死蔵しがちだったが、使わないのが一番もったいないとフト気付いて、メモにしてみた。その上質な紙たちにタイプライターでガシャンガシャンと先ほどのような文字を打つこんでみると、その上質さがさらにバージョンアップした。
個人的にタイプライターとの相性がよいと感じた紙がエアメール。半透明の紙にタイプライターのフォントがとても似合っている。
メモだけでなく、マニラフォルダーのタイトルを打って貼ってみたりもしてみた。
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タイプライターで打った文字には、独特な風合いがある。フォントもクラシカルだし、なにより打った紙面に指先をはわせるとわずかに凹凸がある。活版印刷のようでもある。パソコンでプリントアウトしたものとは大きく違う楽しみ、そして味わいがある。
〔記事作成後記〕
キーボードは日頃から私たちが使っているパソコンと基本的に同じ配列。というか、タイプライターのキーボードの方が先で、それをもとにPCのキーボードができたのでしょうね。ただ、ひとつ違ったのは数字の「1」がないこと。これはアルファベットの「L」の小文字を打つと「1」になるんですね。
*尾河商会
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