文具で楽しいひととき
やはり台湾の夏は暑かった。沖縄よりさらに南に位置しているので、ある程度は覚悟していたが、やはり暑かった、そして蒸し暑かった。ただ、ひとたびホテルやお店に入るとクーラーがキンキンに効いていることが多く、23度くらいに設定されているのではないだろうかという涼しさだった。私は滞在中ずっと長袖で過ごしていた。外を歩く時は腕をまくり、室内に入ると降ろすというのを忙しく行っていた。
台湾には、なにも袖の上げ下ろしをしに行った訳ではない。ちゃんと仕事をしに行った。メインの目的は出版プロモーション。台湾版の「文具の流儀(台湾では「文具的品格」)」「文具上手」が行人文化実験室からこの夏に出版された。それを記念したトークイベントに出たり、雑誌社からのインタビューをお受けしたりと、本のPR活動を色々と行ってきた。そうした仕事をこなしつつも機会をとらえて文具もしっかりと見てきた。また、文具だけでなく今の台湾を感じさせるものにも接することができた。そんなあれやこれやをいつものようにレポートしてみようと思う。
■ 落ち着くホテル「玩味旅舎」
今回の出版社「行人文化実験室」は活版印刷やコーヒーやガラス細工など、個性的なテーマを取り上げた書籍をいくつも出版している。しかもその本のデザイン性がとても高い。その出版社が今回手配してくれたホテルが、これまたとても個性的で素敵なところだった。
「玩味旅舎(Play Design Hotel)」というデザインホテル。空港で出迎えてくれた編集者と共にタクシーで中山というエリアに向かった。雑居ビルが建ち並ぶ一角でタクシーは止まった。グルリと見回してみてもホテルらしき建物はない。台湾の日々の生活が営まれているそんな一角だった。「ここです」と行人のスタッフの方に導かれたのは、そうした雑居ビルのひとつ。たしかにホテルの名前を記した看板がちょこんと出ている。ドアには人を寄せ付けない頑丈そうな鉄柵が重々しく閉じられている。スタッフの方が電話をかけると、すぐにホテルの人がその扉を開けて中に入れてくれた。なんだなんだと思いつつエレベーターで5階にあがっていった。エレベーターを降りると、そこは別世界だった。古いビルのワンフロア全体がリノベーションされた空間になっていた。
このワンフロアに小さなフロントスペース、そして5部屋がある。私の滞在した503号室は、磨き上げられたコンクリートのフロア、室内には暖かみのある木製のデスクや椅子、ベンチなどが整然と並んでいた。とても落ち着く空間だ。ホテルというよりもセンスのいいデザイナーの自宅に招かれた、そんなイメージ。この部屋はドアを入ったところにちょっとした玄関スペースがあって、靴を脱げるようになっている。そのせいもあって、まるで家で寛ぐような雰囲気に浸ることができる。ひとつひとつの家具や花瓶などインテリア用品は、全て台湾の若手デザイナーによるものだという。デザインしました!という押しつけがましさがなく空間にすんなりと馴染んでいた。
ちなみに、他の部屋はそれぞれ違うインテリアデザインになっているという。
ホテルの廊下には小さなショップ兼ギャラリースペースがある。こちらにも台湾デザイナーによる器や雑貨類が並んでいる。ギャラリーでは、ちょうどペンの展示イベントが開催されていた。台湾では誰もが知っている定番ペンが並んでいる一方で、個性的な台湾デザインペンもあった。最近日本のショップでも見かけるようになった「ystudio」の真鍮製のペンや「22 DESIGN STUDIO」のコンクリート仕立てのペンなど、モダンなデザインのペンが展示されていた。
そうした中にはじめて見るペンが2つあった。ひとつは「Align」という名のボールペン。これが見ていると、こうしてはいられないとウズウズとしてくる。というのも、ペンの後軸がガクガクと段差になっているのだ。その段差を無性に直したくなってくる。本能に促されるままに、その段差のひとつをツイストしてフラットに直すと、ペン先が繰り出される仕掛けになっていた。全てフラットにはならず、ペンのトップにある段差だけはそのままの状態で書いていくのが正しいやり方のようだ。
もうひとつはガラスペン。高級万年筆のようなキャップスタイル。ホテルスタッフの方の説明によると、ペン先をガラスペンから万年筆のペン先に交換できると聞かされた。え??ということはこれは付けペンではないの?と思わず日本語で声に出すと、多少日本語がわかるそのスタッフの方はボディを分解してくれた。内側にはインクコンバーターが装着されていた。買おうかと思ったが、到底私の手の届く価格ではなっかったので、のどから出ていた手を静かに引っ込めた。
■ TOOLS TO LIVEBY
入り口のゲート脇には門番なのか猫がいて、私たちを出迎えてくれた
思わず息をのむ個性的な店内に厳選されたステーショナリーが並ぶ「TOOLS TO LIVEBY」。今回はショッピングではなく、オーナーのカレンさんとMTGをするために訪問した。色々な話をしている中で、今店でよく売れているという日めくりカレンダーを見せて頂いた。ドイツのブルネン製のものだ。これがマッチ箱ほどしかない愛おしくなるほどの小ささ。ブロックメモ状になっている。さすがに書き込みは難しいが毎日めくっていく楽しさがある。デスクや本棚の片隅にコロッと置いておくだけで癒される。
■ VVG Thinking
台湾を訪れるたび立ち寄っているショップ「VVG Thinking」。今回はマーケティングマネージャーの方とMTGを行った。改めてショップの概要を説明頂いた。コンセプトは、ヴィンテージとNEWを融合させたブックストア。店内はリビングルーム、ハンドメイド、小物という3つのカテゴリーに分かれている。本だけでなくそれぞれにまつわる味わいのある雑貨も並べられている。その本と雑貨類のマッチ具合が絶妙で違和感がまったくない。あたかもパズルのピースのようにそれぞれがピタリとその雰囲気に収まっている。この店に来ると、なぜか私は洗濯バサミばかりを買っている。ほぼ毎回買っているのではないだろうか。紙を留めるとめるためのクリップとして、もっぱら活用している。今回も個性的なものを発見し購入した。
書斎の壁にこのように丸状クリップでリングをつけて画鋲でとめている。こうしておくと展示会招待状などがセットできて、すぐに取り出せる。
■ Plain Stationery & Cafe
台湾版「文具上手」の帯に推薦文を書いてくれたタイガーさん。そのお礼にサインをさせて頂いた。うっかり年号を間違えてしまった。。
文具友達として親しくさせて頂いているタイガー・シェンさんのお店「Plain Stationery & Cafe」。前回来た時と店内の雰囲気が少しだけ変わっているように感じた。タイガーさんにそのことを尋ねてみると、奥の壁をグレーに塗り替えたのだそうだ。なるほどそうだったのか。以前よりも落ちついた空間になっていた。先ほどのVVG Thinkingでは「洗濯バサミ」ばかり買っているが、こちらのPlain Stationery & Cafeでは鉛筆ばかりを買っている。今回はBlackwingの新色ブルーボディタイプ、Blackwingの換えの消しゴム。そして、メーカーは不明だがとても短い鉛筆キャップも買った。短くなった鉛筆にセットしたらきっと似合うことだろう。
カフェのメニューがリーガルパッドに。これはプリントしたものを貼り合わせているという。
■ トークショー
先ほども触れたように、今回の台湾での一番の仕事は「文具的品格(文具の流儀)」「文具上手」のトークショー。出版社が用意してくれた会場は「Boven雑誌図書館」。ビルの地下に設けられた隠れ家的ライブラリー。靴を脱いで中に入ると壁という壁に台湾をはじめとする海外の様々なジャンルの雑誌が収められていた。その落ちついた空間で日曜日の昼下がりにトークショーが行われた。当日会場には50名ほどの台湾文具ファンの方々にお集まり頂いた。トークショーは対談形式で進められた。お相手をお務めいただいたのは誠品書店で文具担当として19年のキャリアを持つ李時慶さん。李さんは、スタッフの方々向けの文具の教育担当をされており、あらゆる文具を知り尽くされているというプロ。仕事で文具に携わっておられるが、学生時代からの筋金入りの文具愛好家。ちなみにトークショーは台湾語で行われた。私のそばには通訳の方がいて、李さんの話を同時通訳してくれた。李さんが軽妙なしゃべりで会場の笑いをとりながら話されていた。対して私は逐次通訳のためどうしても私が話した後に通訳が入る。すこし遅れて笑いが起きるという時差があったので、自分のペースを作るのが少し大変だった。
「文具的品格(文具の流儀)」は、まるで文具の教科書的存在と李さんは話してくれた。日々スタッフに文具について教える仕事をされているので、その際に本書を大いに参考にしていただいたようだ。日本語版「文具の流儀」は東京書籍から出版されている。東京書籍と言えば「ニューホライズン」という英語テキストに代表されるように、色々な教科書を出版している。李さんが教科書的と感じられたのは、実はとても的を得た表現のように感じた。トークの後半では、お互いの愛用文具について語り合った。李さんはESダイアリーでスケジュール管理をし、ニーモシネやロディア ヘリテージにカヴェコの万年筆で書くという、こだわりを感じさせる文具活用スタイルだった。
トークショーの後に行われた「時計式ToDo管理ふせん」ワークショップ。実際に翌日のToDoを書き込んでいただきながら体験してもらいました。
イベント終了後に李さんからプレゼントを頂いた。印面がメタル製の「活版スタンプ」。印面をよくよく見てみると「土橋私物」となっているではないか。これはうれしいプレゼントだった。すこし大きめの替え印面もセットで頂き、そちらには私の名前である「正」というひと文字が刻印されていた。印面は交換できるという。これは手帳やノートに捺したりと色々と楽しめそうだ。帰国後に本体に印刷された「日星鋳字行」をネットで調べてみた。これがとても面白いショップだった。店内にはおびただしい種類の活版があり、そこから好きな文字を選んでスタンプにしていくのだという。次回台湾に行くときはぜひとも行ってみようと思う。
■ 誠品書店 敦南誠品風格文具で行われたワークショップ
■ 記事作成後記
今回の台湾出張では、5誌のメディアインタビューがセッティングされていた。ライフスタイル雑誌の「小日子」、デザイン雑誌の「Shopping Design」などなど。基本は今回台湾で出版された本に関する内容だったが、ほぼ全雑誌社から聞かれたのは、私の仕事内容についてだった。なぜ文具の仕事をしようと思ったのか?文具に興味をもったのはいつ?「ステーショナリー ディレクター」というのはどんな仕事?などなど。こうした仕事は台湾では聞いたことがないということでみんな興味津々だった。
■ 九份観光
台湾を訪ねるのは、今回が3回目。実はこれまで全く台湾観光をしてこなかった。そこで今回は1日だけ観光を楽しんでみた。行ったのは「九份」。台湾の中心街からバスで2時間ほどの距離にある。赤い提灯がズラリと並んだ細い坂道は異国情緒タップリ。通りの両側にはお土産屋さんや食べ物屋さんなど様々なお店が並んでいる。その中で、気に入ったところがひとつあった。「九份茶房」というクラシカルな建物。わさわさした通りの賑やかさからは想像できないくらいの静けさのある空間。まるでタイムスリップしたかのようだった。茶房というように基本はお茶屋さん。奥の部屋には、お茶をゆったりと飲める場所が用意されていた。喫茶は基本料金一人100NTドルで、お茶は600NTドルくらいからあった。茶葉を仲間でシェアできるが、そこそこの価格だった。はじめはお店の人に茶葉からお茶をいれてもらい、その後は自分でいれていく。残った茶葉は持ち帰ることもできる。台湾の蒸し暑い中で飲む烏龍茶はなぜかとてもおいしく感じられた。帰国後に日本で飲むのとは微妙に何かが違う。やはりその土地の空気も一緒に吸い込みながら味わうという違いなのだろうか。
今回お世話になった出版社「行人文化実験室」の皆さんと。行人社の編集スタッフの方々は編集長を除いて皆さん女性だった。また振り返ってみると、雑誌社のインタビューをしてくれた編集者、カメラマンもほぼ女性。台湾は女性がとても活躍されている。
*玩味旅舎 Play Design Hotel
*「文具的品格」「文具上手」
関連コラム
「台湾文具ショップ探訪 2016」TOOLS to LIVEBY など
「台湾文具の旅 1」2014 レポート
「ドイツで買ってきた文具 1」ニュルンベルグ、ミュンヘン
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