文具で楽しいひととき
パイロット
エリート95S
考えてみると、最近万年筆を身につけていない。以前、会社勤めしていた頃はYシャツの胸ポケットやスーツの内ポケットにさしてほとんど毎日携帯していたものだ。とは言ってもしょっちゅう万年筆を使っていた訳ではない。ちょっとメモをする時などに万年筆を胸元からサッと取り出し使っていたくらいのもの。使用頻度はそれほど多くはなかったが、持っているだけで安心できるものがあった。さながら懐刀のように。今は、スーツを着ることもなくなり、それにともない上半身にポケットがないという服装がめっきり増えた。そのせいで次第に万年筆を身につけることもなくなっていった。ここ数年は、もっぱらペンケースに万年筆を入れて携帯している。でも、心のどこかで万年筆を肌身離さず身につけられたらいいのに、と考えてもいた。
この「エリート95S」は、それにピッタリなのだ。
■ ズボンのポケットに入る
「ウェアラブル」とは、「身につける」という意味。近頃ではスマホで大方の仕事ができる便利な時代になった。スマホはズボンのポケットに入れておけるので、手ぶらになりやすい。仕事道具のペンやメモもズボンのポケットにも入るくらいによりコンパクトになっていく流れにあると思う。そもそも、最近では仕事をする服装も多様化してスーツを着ない私みたいな職種も増えている。となると、上半身にはポケットがなく、あるのはズボンのポケットだけということに。という訳で仕事道具はこれまでの上半身携帯から下半身携帯に変わっていく流れがあるのではないだろうかと、私は考えている。ズボンのポケットに入るくらいのコンパクトなものを、私は「ウェアラブル文具」と捉えている。
この「エリート95S」は、その意味でまさに「ウェアラブル万年筆」。携帯時の長さは12cmを切るくらいに短い。たとえば「ジェットストリーム」と比べても2cmも短い。私はここ数週間にわたり、ジーンズの前ポケットに「エリート95S」を入れているが、立ったり椅子に座ったりしても全然気にならない。気にならないのは、その軽量さのせいもあると思う。と言っても、同じパイロットのカスタム742あたりと比べても、劇的に軽いという訳ではない。ほんの少し軽量であるというくらいのレベルだ。ボディは樹脂製だが、キャップは薄いアルミで作られているからなのだろう。
■ 書く時にはレギュラーサイズに
キャップは音もなく静かに外せる。ネジ式ではなく、引っ張って外すタイプ。よくあるパチンという音もしない。ペン先の気密性を高めてくれているのを感じさせるキャップ内側とボディの隙間のなさから生まれる重みがはじめにあり、そのあとはスムースにスルスルと引き抜けていく。メーカーサイトによると、「インロー嵌合(かんごう)方式(バネカツラ方式)」というらしい。
キャップを外すと、10.5cmほどのショートボディが現れる。これ単体では、さすがに短すぎて書けないよねと思ったら、ギリギリいけた。急いでいる時なんかには便利そうだ。ただ、腰をすえて万年筆ライティングを楽しみたいならキャップは尻軸にさした方がいい。こうすると「カスタム742」より1cm短いくらいのほぼレギュラーサイズとなる。
■ 軽快さのあるライティングフィール
握ってライティングポジションをとってみる。まず感じるのがグリップがいつものカスタムよりぐっと細いこと。それから、なるほどこれも違うと思ったのは、ネジ式キャップやパッチン嵌合によくあるグリップ部分のネジ山や凹凸がないことだ。もちろんそれらの凹凸が握る時の指がかりにもなるという見方もあって、決して邪魔者というものでもない。この「エリート95S」にもキャップを固定する出っ張りはあるにはある。しかし、それがグリップ部分よりずっと後ろに位置している。そのため、なめらかさのあるグリップが味わえる。
そして、大きく露出された14金ペン先。昭和を感じさせるエリートボディとこのペン先が実にあっている。ペン先には「14kー588 PILOT<F> JAPAN」という刻印があるだけ。余計な装飾は一切ない。ペン先によくある縁取り装飾もないのでスッキリしている。先ほどのなめらかグリップとこのペン先の装飾なしというシンプルさがお互いを引き立て合っている。
さて、書き味はどうか。ペン先がやや細く鋭さがあるので、しなりがいいのではと期待していた。しかし、しなりはあるもののコシがしっかりあって、いつものパイロットテイストなほどよい硬さのあるものだった。
■ タップリ書くためのコツ
この「エリート95S」には、カートリッジインクもしくは、コンバーター「CON40」の両方が使える。私は「CON40」を「キャップレスデシモ」で使っている。ご存じの方も多いと思うが、インクがあんまり入らない。そのためインク補充のタイミングが結構頻繁にやってくる。そういうこともあって、私は「エリート95S」にはインクの消費が少ない細字のFを選んだ。
この「エリート95S」に「COM40」をセットしてボトルインクから吸い上げてみた。すると結構いい飲みっぷりをしてくれた。「キャップレス デシモ」のときは、コンバーターの後ろに空白が出来てしまっていたが、エリートではなぜだけ空白が少ない印象。でももし、インクをギリギリまで入れたいという時には、以下のやり方が効果的。この方法は、私が「エリート95S」を買ったアサヒヤ紙文具店さんで教えてもらったものだ。
まず、ふつう通りにボトルインクから吸い上げる。この時、コンバーターの上の方にかなりの空白ができてしまうようならこうするといいそうだ。ペン先を上に向けてペン芯のすぐ下あたりを人さし指の爪でドアをノックするみたいにコツコツとたたく。こうすることで、コンバーターの先端に空白を作ってあげる。そうしたら、ペン先を上に向けたままで、コンバーターのスクリューを少しずつねじってインクをペン先側に押し上げていく。ペン先から少しインクが漏れ出してきたら、やめる。この状態でインクボトルにペン先を沈めて吸い上げる。こうすれば。結構いっぱいいっぱいにインクを満たすことができる。
こうした使用上のちょっとしたコツを教えてもらえるのもリアル店舗ならではだと改めて感じた。
*
最近は、あまり新しい万年筆を買わなくなった。というか、あまり増やさないように注意している。増やすより今持っている万年筆の使用頻度を上げて、より自分のものに育てていきたいと思っているからだ。2016年を振り返ると、新しく迎入れたのは、この「エリート95S」だけだった。この万年筆は今持っている万年筆とは競合しないジャンルだと判断し、自分にゴーサインを出した。それがすなわち「ウェアラブル万年筆」。しばらくはズボンの前ポケットに入れて常に持ち歩いて、これまでとは違う万年筆ライティングを楽しんでみたいと思う。
* パイロット エリート95s 10,000円+Tax
私はアサヒヤ紙文具店で買いました。
*追記
先日、台湾出張があり、この「エリート95S」(COM40にインクを満タンにして)をズボンのポケットに入れて飛行機に乗った。台湾に到着して3時間くらいしてキャップを開けてみると、グリップのまわりにインクが付着していた。これまでカスタム743などネジ式キャップではこうしたことはなかったので、少々驚いてしまった。飛行機に乗る時はインクを完全に空にしておいた方がよいと思います。
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